●EO氏の悟りの体験とその背景●
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EO氏は、大悟の後に起きたいくつかの神秘体験については、
「その描写の記録を原稿からは削り落とした」と言っていました。
その第一の理由は、
「神秘体験というものが記憶に留まらない」という事。
第二の理由は、
「それを書くことは、それに憧れるという欲求とイメージによって、
人は、逆にそこからどんどんと遠ざかってしまう」という事。
そして第三の理由は、
「悟りの体験の神秘体験的側面についてページを割くよりも、
その背景をなす人間の苦の本質についてページを割きたかった」、
という事をEO氏はよく言っていました。
この悟りについて述べるときに、必ず「人間の苦の問題」をセットにするというのが、
EO氏の個性的な味でもあると同時に、
そこが一般的な感情的な人たちや、ポジティブ志向の人達からは、
嫌悪の対象となる点でもあるだろう。
ただ、EO氏の悟りのプロセスと、その結果について言えば、
自己嫌悪、自我嫌悪といったプロセスでは、自我が落ちて、
それがよく言われる悟り、または悟りの一瞥に繋がるのだとしたら、
EO氏の場合には「宇宙、万物、生命に対する嫌悪と絶望」によって、
氏の中からは、「宇宙そのものが落ちた」のかもしれません。
そのあたりが、やはり禅の世界の悟りとは異なり、
より釈迦に近い悟りであると評価されている理由なのかもしれません。
それでは、以下に、書籍に紹介されているEO氏のいくつかの
悟りや、神秘体験を転載しますが、
一部、書籍になる前の氏の草稿から直接に抜粋した部分もありますので、
お読みください。 【方山 記】
●以下、EO著『廃墟のブッダたち』より抜粋●
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私は部分的な観念や思考どころか、私の存在そのものを全面否定された。
何もかもだ。一体そこで何が生き残れる?。
思考の何が生き残る?。何ひとつも生き残れなかった。
ただ、その苦痛は凄まじかった。
私の全存在、思考のすべてが、反論しようとした。
「いや、一点の真理、たったひとつの何の価値があるはずだ」。
そう思考は言い続けた。絶対に宇宙には意味があるはずだ。
なければ自分はなんなのだ?。と。それは膨大な苦痛を生んだ。
なぜならば、それは、
生き残れるはずのない『的外れな推測の答え』だったからだ。
もともと無意味なのに意味という回答があるはずない。
まず、宇宙は絶対的な無意味であるというのが避けられない絶対的な回答だった。
そこで「存在には意味がある」という私の観念は死んだ。
抵抗は全くの無駄だった。私は完全に敗北した。
むろん、それに抵抗しているときはとても苦しかった。
そして次に、無意味な世界でどうすればいいのか考えた。
私は瞳を閉じた。
無意味なこの宇宙で残されたその『永久の時間』を、
一体どうやってやり過ごせばいいのかを考えた。
すべては犯罪から戦争にいたるまで、
何もひとつも間違っていない、宇宙の正確なプログラムなのだから、
好き勝手に奮闘してエネルギーを出せばいいのだし、適当に楽しめばいいわけだ。
だが、もう私には決してそれを楽しめない。
トリックの分かった手品など見る気もしないのと同じだ。
私は何週間も、自分が生きていて、息をしていることさえ嫌悪した。
そして自殺だけを決意した。
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