▲
控えの間
-
全館目次
- 松の間
■
BBS
- 竹の間
■
BBS
- 梅の間
■
BBS
- 桜の間
■
BBS
■
松竹梅の間:ログ表示
松の間
竹の間
梅の間
桜の間
★ 番号指定:
1ページの表示件数:
件
☆ 検索語 :
検索表示 新着から
古い方から
タイトルだけ表示
タイトルと5行
全部
「性と死のホームページ」 http://www.mumyouan.com/
.
より詳しい使い方の説明(9月11日変更)
■松の間へようこそ■
掲示板
Title
手裏剣術講座 Shuriken throwing instructions
「手裏剣術」講座、その他の雑談の「間」です。
手裏剣術の画像・動画が、
他に類を見ないほど多く掲載されています。
ブラウザーの設定などの理由で最新情報が表示されない場合があります。更新ボタンやF5キーを利用してみて下さい。
[709]
■
●臨終の為の音響 「zip code 00000」
by:
ほ・う・ざん・
2005/02/25(Fri)02:33:00
表表紙
表の裏面
裏ジャケ
CDが入っている内側面
◆ 5/24より発売 ◆
●取り扱い店。
(各店に5枚程度しか納品していないので、
もしもひとつの店で在庫切れの場合には、他店を当たってみてください。)
↓
★BOOKばざーる
http://www.bookbazaar.tv/cloup/etc/mumyo/hozan.htm#z00
★ブッククラブ回
http://www.bookclubkai.jp/
★古書大予言
http://www.mumyouan.com/e/eod.html
★イアーズ
http://www.ears.jp/index2.html
★書泉グランデ4F
http://www.shosen.co.jp/
★ミュージック・ターム
試聴コーナーがありますが、
しかし・・・・今回の曲は、
頭の1分なんか試聴しても、無意味だと思います(笑)
↓
http://www.musicterm.jp/default.asp
******************************
■ 「臨終の為の音響」
「ZIP−CODE 00000」
(サブタイトル「どこでもない場所」)
TOTAL=79:37
****************************
〜曲目と説明〜
>■1/「両生類」または「色の波」
(音色(倍音)の変化を主体とした音響)
◆13:52
オープニングで3分だけ、少しクラシカルな雰囲気の平行4度の和音が
弾かれますが、それ以降は、トラック5の最後まで、
ほとんどメロディーらしきものは出てこないアルバムです。
この冒頭のメロディーは、一発どりの「即興」です。
あまりにも、複雑に音を何十個も重ねる作業をしすぎて、
反動で、シンプルな音でキーボート、弾きたくなって、
ちょこっと弾いて、そのまま録音したものです。
自分でも、わりと、好き。
で、・・・・
そのオープニングの雰囲気とは全く無関係に「本編」が始まります。
機械的に無機質に刻まれるリズムで幕をあけ、
TDの「RICOCHET」のイントロにも似た、
フィルターが開閉するシンセの音が重厚な雰囲気をかもしだします。
シーケンサーが始まると同時に、TDの「ホワイトイーグル」で
聞き覚えのあるノイズによるリズムパターンをコピーした部分が
入ります。
これ以後、シーケンサーの部分だけはフレーズの音程がありますが、
メロディーはなく、基本的にシンセのフィルターの基礎的な操作で
「音色変化」だけが、最後まで展開されています。
一定に刻んでいるベース音も、最後まで少しずつ変化し続けています。
それでもアルバム中、耳あたりは、最も刺激の少ない曲です。
トラック2以後の本編は、すべて「実験音楽」です。
しかし、このオープニングのトラック1も、
メロディーもなく、和音もなく、
ただ倍音構造の変化を中心にした試作品であることには変わりありません。
音の数は、他のトラックに比べると、ぐっと少なくて、
多くても、せいぜい、8種類ぐらいの音が重なっているだけのもので、
わりと、隙間が開いています。
以前の私なら、ここに、絶対にカッコつけたような
メロディーを上に乗せていたと思いますが、
それをしたい衝動を自分で殺して、ひたすら、
最後まで、音色だけを微妙に変化させたのでした。
>■2/「魚 類」または「闇の波」
(音程(周波数)の変化を主体とした音響)
◆20:30
最も攻撃的な音響かもしれません。
最後の部分などは、下手なパンクやハードロックよりキマす。
そして本格的に音波系です。
全体に3つのパートからなり20分を越える本アルバムの最長の曲です。
・最初は、古典的な電子音楽の手法を使っていて、雰囲気としては、
出だしが、まるでTDの「サイクロン」の
madrigal meridianを思わせます。
・ここで使われているのは、正弦波ではない波形の多重干渉波です。
「音階」ではなくて、2オクターブ−ほど、ゆっくりと上下する
何種類かの音が、ずれて重なっています。
・次に「ルビコン」のpart2の冒頭のようなコーラスへと変化し、
・一転して、「フェードラ」の後半と、
movements of a visionaryを
ミックスしたような音色になり、
途中に、マニアの人にはTDのアルバムでよく聞き覚えのある
お決まりの効果音の擬似音が2種類登場します。
・そして最後は、phaedraのシーケンスを思わせる展開。
ただし、原曲とは違い、からまっているシーケンスは7拍子。
つまりは、TDの「フェードラ」ばりの不気味系ノイズの、
「おいしい音響」だけを集めたようなもの。
長いポルタメントのかかった幽霊の声のような音や、
その声が速度を上げていく後半の激しいシーケンスは、
アナログのシーケンサーとアナログのシンセの音を使用しています。
>■3/「昆 虫」または「形の次元」
(音量の時間的変化を主体とした音響)
◆10:18
ほとんどがサウンドコラージュで作られた音響で、
使った生録音の音は以下の通り。
・博士(うちの猫)の声1、
・博士の声2、
・博士の声3、
・博士がカリカリと、メシを食う音
・相棒が庭を掘る音1、
・相棒がシャベルで庭を掘る音2、
私が手裏剣を畳の的に打ち込む音
・その1、
・その2、
・その3、
・と、その音を逆まわしした音、
・湯沸し器のダイヤルの音、
・電話の呼び出し音、
・デジカメのシャッターのノイズをマイクで拾ったもの、
・子供の遊ぶ声、
・犬の鳴き声、
・鳥の鳴き声、
シンセ音
・その1、
・その2、
・その3、
・チベッタンベルの音を逆進行させた音。
などなど20種類の音です。
ずっと背景で、リピートさせた音もあれば、
中には、わずか数秒間しか使わなかった音もあります。
>■4/「微生物」または「光の波」
(123の複合の習作−1)
◆13:09
音が密集した、フェーズシフターの効いた、もわっとした音響で、
それほど不気味な感じではなくて、SFの効果音みたいなもの。
ここでは正弦波の多重干渉波がふんだんに使われています。
>■5/「鳥 類」または「響(ひびき)の次元」
(123の複合の習作−2)
◆14:09
おどおどろしい感じではなく、なんだか一番のどかで、
南国の湿地帯みたいな音響になってしまいました。
フランジャーの効いた音と逆進する音で始まります。
僅かに遠くにメロディーが聞えそうになっては、
そのまま、はかなく消えていってしまいます。
ちょっと全体に、エドガーフローゼの、
「イプシロン イン マレイシアン ペイル」の、
「maroubra bay」に似たところがあります。
後ろでシャーと鳴っているノイズや、
シーケンサーのパターンなどです。
そして、本編の最後に、またイントロの静かな和音が流れて
消えてゆきます。
>■ボーナストック/「安息」または「星空」(リミックス)
◆7:38
「Z−55」の「安息または星空」の曲を少し伸ばしてあって、
音を3つぐらい足したりミキシング編集して、リメイクしてあります。
*********************************
■トラックの3、4、5、では、
曲の最初から最後まで全体に、曲のベースとなっている基礎の音響が、
逆進行(リバース)する形で、目立たないように重なっています。
分かりやすいのは、ボーナストラックのイントロで、
原曲の「星空」が、逆向きに始まっているのが分かるかもしれません。
*********************************
◆今回は6曲中、2曲にアナログ式のシンセが使われています。
いちいち、パッチコードで配線をしないと、音が出ない代物も
あります。
アナログの自動演奏をさせている間に、
あちこちツマミを回さないとならなくて、忙しいったらありゃしない。
アナログのシーケンサーも使っています。
音程を平均律からは外す部分に使います。
音符を記憶させた自動演奏を、どうしてもしたくない部分があって、
そのために、こういう原始的なことして、
鍵盤を抑えたままにしています。ときどき、外して別のキーを押すのです。
コードでキーをひっかけて固定しています。
****************************
●今回、もっとも苦労し続けたのが、ミキシングです。
私にとっては、ミキシングは編集作業ではなくて、
「演奏そのもの」なのです。
音楽ではなく、音響の波形やその集合のぶつかりあいや、重なり合いを
リアルタイムで調整してゆきますから、
一曲につき、少なくても30テイクぐらい取り直しをしたり、
ひどいときには、50回も取り直したものもあります。
いわゆる楽器音ではない効果音のような音の物凄い複雑な集合なので、
決まったミックスパターンというものが全くなくて、何度も音を聞きながら、
その配分を試験的に変えてみなくてはならないのでした。
まる3日も、一曲のミキシングを取り直しつづけた日もあります。
ようするに、僅かにフェーダーの位置が変わると、
音の干渉によって生まれるべき3番目の高調波とか倍音が、
思ったように、出なかったするのです。
●特筆すべきことは、シーケンサーは、アナログもデジタルも
両方使いましたが、トラック1の以外の曲は、
そのリズムが、「同期」をしていません。
つまり、微妙にテンポの違うシーケンスを、
3種類重ねていて、それがずれてゆくのをミックスしてあります。
これまた、ずれてゆく重なりがうまくいかず、
何十回も取り直したり、編集しました。
●普通は自動演奏というのは、各パートがきっちり音符が整列するように、
MIDIなり、トリガーのゲート信号でいくつもの音源の発音を
全部同期させるのが、常識です。
でも、今回のアルバムでは、それを随所で、同期をさせていません。
リズムという概念自体を、少し無視しているのです。
昔だと、電子音楽の手法では、微妙に再生速度が違う同じ音のテープを
流すと、だんだんと、それがずれてゆく効果などもありました。
基本的にはそれと似ているのですが、そこまで聴きにくいものではなくて
いちおう、音楽的な感じにはなっています。
●あとは、音の「逆進」を、かなりの曲で使っています。
トラックの、3 4 5 6 では、すべて多用しています。
音の進む時間方向が波形ごとひっくりかえるので、
ちょっと現実離れした、感じの雰囲気がでます。
●多層の干渉波は、露骨に聞える曲もあれば、
「これなのかな?」と思うぐらいの隠し味になっている曲もありますが、
モロに波形同士のからまりが聞えるのは、
2、4、5、などです。
低音の干渉波ではなく、高音部の干渉波なので身体では頭の方にキマす。
*****************************
全体にいえることは、人の匂いが、一切しないという事と、
今回は、自然風景すら浮かばないでしょうね。
人の中に、結合するイメージがなくて、
「荒涼とした」音響が構成している、
何種類かの広がり方を持った「音像」の試作品だと思ってください。
残念ながら、ほとんどの人は、臨終のときには、
まず絶対に、かけないし、かけたくない音でしょうね。
むろん、それなりに、トリップは出来ますよ。
ただし、それは「バッドトリップ」になるかもしれません。
●でも私個人は、やりたい放題やったので、まーまー、満足。
聴かされる人は、「この手のが、好きな人は、すごく好き、
嫌いな人は、全く聴けない」
「なんか文句あっか」みたいなシロモノです。
商業ベースには絶対に乗らない音楽です。
テレビの画面の音づけ屋さんも、引くかも。
(心霊系の番組ならかろうじて合う曲はあります)
聴き手の、娯楽性を求める衝動のことなんか、知ったことか、
というのが、コンセプトの一つでもあったので、その点では満足。
イージーリスニングだと思ってかかると、頭の中、痛い目にあいます。
◆空間に、特殊な「音波」を放出させまくることを目指したのですが、
この点に関しては、「半分ぐらい」はなんとか成功しました。
低音の多層干渉波を使っていないか、または使っていても
イコライザーで少しカットしているので、
今回は、ラジカセでも大丈夫です。
でも、本当は、これは大きな音量で、普通にステレオシステムで
聴いてほしいです。
いろいろな種類の「音の圧力の加減」が生命線のアルバムなので、
その迫力が、全く違いますから。
■そして、このアルバムは、聴き方に注文があります。
座ってスピーカーに向かうという方法ではなく、
出来れば、体を横にして、ヘッドホーンか、または
頭をスピーカーに向けて聴いてください。
すると、何が違うかというと、
座って聴くという「かまえ」の中には、
人は、音のリズムや、旋律や、和音や、音色に、
自分を楽しませたりする展開を期待します。
自分の感情を浮き立たせたり、安心させる展開を期待する、
という、いわば能動的な「思考の投射」があります。
つまり何かしらの、期待をしながら、
音に「向き合っている」わけですね。
しかし、考えてみれば、
死ぬときに期待も何もあったものではありません。
だから、死ぬときみたいに、
ひたすら、体の力と、心が何かを探すということを放棄して、
音波に身を浸すということを心がけて、聴いてみてください。
この音は、音が何かを自分に与えてくれることを期待して、
向き合う性質の音ではなく、
逆に、「音が主体で、人は消えてもらう」、
というコンセプトのものです。
だから、ほとんど全く人の情感の匂いも、人の気配も、
生き物の気配すらしないのです。
強いていうと、死によって分解されてゆく、
いろいろな現象の活動音みたいなもとしては、
有機的な部分はありますが、
それでも、全体として、人間的な部分はありません。
どうしてかというと、「あっ、何かの雰囲気みたいだ」と思わせて
しまう音を入れると、それに似たイメージを、うっかり頭に作ってしまい、
これでは、受動的な意識状態にならないからです。
かといって、決して、人を安直に安心させるような天上的な音、
または、間違っても、癒し音ではないです。
むしろ、どちらかといえば、ある意味、カオスの世界です。
ただし、何も目的として、カオスを目指していたわけではないので、
徹底したカオスではありませんが。
■今回もうひとつ苦労したのが、
自分のパターンを少し脱するには、自分がうっかり好んで使ってしまう
クセを壊しながら作ったことです。
普通なら、絶対に許さないようなリズムのズレとか、
普通なら調和しないと思っている音でも、
こそくに、体裁だけを、カッコよく仕上げようとしないで、
どこか、アンバランスだったり、歪んだままにして、
そこから、素材を探そうとしたことです。
何十回もミキシングをしているうちにも、最初の感覚が麻痺してきて
それを下手に、まとめようとすると、
最初に彷彿としていた音の大切な「トゲ」「苦味」そして「毒」が
なくなってしまうのです。
なんとなく聞えが「なだらか」なものになってはならないのです。
音をあまりにも沢山重ねてゆくと、どうしても、
音が摩滅したようになって、油絵で言うと、ソフトフォーカス入った
みたいに、かすんできてしまいます。
あるいは、無目的に音を重ねると、ごちゃごちゃしずぎて、
散漫な感じになり、方向性を失うことがよくあります。
たとえば、途中に入る音の、フェードインとかフェードアウトも、
何度もミキシングをしていると、なんとなく、当たり障りのない、
なだらかに、インとアウトにしてしまいがちなのです。
でも、そういうのも、やめて、
突然に音が大きすぎるボリュームで入っていたり、
逆に、音楽としては、遠のきすぎてしまったりという、
一種のアンバランスも、わざと、そのままにしました。
音を沢山重ねても可能なかぎり、荒々しい感じを、失わせない
というのが、けっこう難しかったです。
というのも、楽器音でないので、
ぶつかって、打ち消しあってしまう音の波形も多かったからです。
★というわけで、自分が慣れているものを、
洗練した仕上がりにしようとする動機で物を作る人は、
徹底して職人的に洗練させるべきなんですが、
「慣れないことの中に、何かを探そうとする場合」には、
慣れたことを、なるべくしないという事が必要なのです。
こういうときには、何かを、
下手に、小奇麗に仕上げよう、まとめてしまおうとする癖というのが、
とことん、最悪のネックになるんですよね。
その自分の習慣的な衝動に逆らいながら作ったアルバムなのです。
*******************************
*************************************************
制作日記は、下記を参照ください。
↓
・その1
http://www.mumyouan.com/k/?M708
・その2
http://www.mumyouan.com/k/?M713
■
★
.
<<-- これ以前の投稿 10件
(709 番)
これ以後の投稿 10件 -->>
松の間 の最新投稿
全館目次
C mumyouan 当サイトのコンテンツの無断転載は著作権法により禁じられております。
- BlackVoid BBS CGI 2006.08.30 -