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手裏剣術講座 Shuriken throwing instructions
「手裏剣術」講座、その他の雑談の「間」です。
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手裏剣術講座 【平成25年・初稽古 『コンクリートに刺さる手裏剣』】
by:
鈴木崩残
2013/01/19(Sat)16:16:49
極めて珍しい現象
●剣尾に巻物をしている流派の人にとっては、
「3間距離」ならば、稽古中に、何度かは起きるもので、
全く珍しくも何ともない現象です。
「4間距離」だと、これは、ごくたまに、起きます。
また、だいぶ以前の動画でもお見せしたように、
4間半から、わざと「剣尾に、別の剣を刺そう」として成功した事もあります。
しかし、11m(6間と少し)の距離で、これが起きたのは、
私も、今回、初めて見ました。
むろん、今回のは「偶然の産物」です。
やはり、無心剣の稽古中は、いろいろと「普通は起きない事」が起きます。
●動画の後半は、単なる、無心剣の稽古風景なので、退屈ですいません。
無心に入り始めると、ご覧のように、
ディスクに「連続して当たり始める」という傾向があります。
●実は、11mから、「揺れて回っているディスク」の穴に刺した、
超レアな「記念品」を、どうしても作りたい理由があるものですから。
以前に、「反原発手裏剣ビデオ」の時に、同じく、
糸で吊るして、「回転して動いているディスクの穴(直径15mm)」に、
「11メートル」から刺すのに成功したディスクがありましたが、
あれは、「尾米タケル之一座」のメンバーに贈呈したのですが、
上手く活用できていないようです。
あの「奇跡的な現象が起きたディスク」に、宝くじでも貼っておけば、
当たる確率が格段に増えるのにねー。もったいないなー。
↑
ここは、2/3に更新しました。
距離11mからの連続刺中の稽古
●先日、7間での稽古では、15本目で失敗してしまい、
今回は、それより近い距離の6間なのに、20打目で失敗。
あまり、よろしくない。
連続刺中の醍醐味は、やはり、5間あたりからが面白くなる。
ずっと以前から一環して言うように、
私は「4間から5間」あたりの距離でしか、
直打法による「全ての技法」を全く評価しません。
異物投擲も、連続刺中も、下手の直打法も、多本打ちも、
何であれ、3間半程度の直打法では、誰でもある程度までは、
たいした訓練なしに出来てしまうからです。
(逆手打ちと、両手打ちと刀投術に関しては、
無理してまで4間まで伸ばす必要はありませんが)
しかし他の技は、あらゆる「難題」や「課題」は、
まず最初に、4間から、ぽつぽつと出始めて、
その後は、距離が1間ずつ遠くなるにつれて、
それに比例して難しくなります。
手裏剣禅問答
ふと、こんな禅問答を思いついたが、この問答には「続き」があります。
ちなみに、用語についてのみ説明しますと、
「手裏剣 に 打つ」とは、
何かの物体を、手裏剣を投げる事が持つ効果のごとく投げる、
という意味で、手裏剣を投げることだけに限定されません。
それを踏まえて、どうぞ。
和尚「作麼生(そもさん)」・・・
「敵に相対して 着座すれど 手元に 何ひとつもなし。
さぁ お前さん どうする?」
僧「説破(せっぱ)」・・・
「敵をば 手裏剣に打つ」
和尚
「きさま それでも僧侶か?
僧侶は 非暴力が原則じゃ。
敵ではなく お前自身を 手裏剣に打ったらどうなんだ?」
僧
「よろしい。
ならば その前に まず和尚は
和尚自ら に 手裏剣を打って 手本を見せよ」
すると和尚が 手元の火箸を 真上に放り投げた。
その火箸が 和尚の頭に突き刺さる寸前に
僧は すかさず 和尚の腹に 頭から突っ込んだ。
仰向けになった和尚に向かって 僧は 得意げに こう言った。
僧
「私は 和尚が お怪我をしないようにと 配慮し
かつ 自らをも手裏剣に打ちましたので 私の勝ちです」
すると和尚は言った。
「お前を投げたのは ワシなんだが」
・・・えーとですね。
実は、ここからが、読んでいる皆さんへの「問い」です。
この僧侶は、
どうすれば、和尚に負けなかったか?
どうしても、解けない人は、夜も眠れないでしょうから、
それは、あまりに不憫なので、
回答は、この投稿の一番下に書いておきました。
_____________________________
湿ったコンクリートの壁に刺さる手裏剣
後述した「昨日のビデオ」よりも、いいのが撮れました。
↓
●要するに、どうして今回に限って、2日連続で刺さったのかというと、
雪が溶けた水分で「壁が、湿っていたためだ」と結論しました。
湿ったコンクリートと乾燥したコンクリートでは、
「刺さりやすさ」は雲泥の差ですから。
だから、いつもは乾燥しているこの壁には、
今までは剣が刺さらなかったんですね。
ちなみに過去に数回、小さいコンクリートブロックに刺した時は、
すべて湿り気のない乾燥したコンクリートでした。
>↑ここは、1/20に収録
_____________________________
>以下↓は、前日の1/19の動画
●新年早々、ちょっと縁起のいい動画です。
うっかり、狙いが狂ってしまい、
この後ろの壁に手裏剣を「まっすぐに」当ててしまった事は、
この9年の間に、何度かは、ありますが(それほど多くはないですが)、
刺さってしまったのは、今回が、初めてです。
この壁には、ずっと以前に、極端に先端を尖らせた軽量の手裏剣を、
フルパワーで何度か打ち込みましたが、刺す事は不可能でした。
●おそらくは、今回は、よっぽど条件が良かったのでしょう。
たとえば、わずかにコンクリートが劣化していた部分に、
たまたま突き刺さった可能性もあります。
よく見たら、垂直に刺さった直後に、剣尾が少し下に傾いたようです。
ぎりぎりで、刺さったままになっていたことになります。
●やろうとしてやったわけではないので偶然ですが、
今まで一度もなかった事が起きました。
●主な稽古内容としては、今までの6間よりも1間遠くして、
7間距離から、CDRディスクの「穴」を狙ってみました。
稽古初めということで、無心剣を課題としたので、この動画の打ち方は、
無冥流の正式な7間打ちの構えやフォームではありませんので、
無冥流投剣術の講習を今までに受けた事のある方は、参考にはしないで下さい。
_________________________________
アメリカの銃規制について
●日本では完全な登録許可制でないと銃は所持出来ないことと、
そもそもの社会構造が違いますので、感覚そのものがアメリカとは違います。
しかし、私は、今回のアメリカでの銃規制の動きには、
それこそ、「陰謀」を感じざるを得ません。
そもそも合衆国憲法は市民が銃の所持することを認めているのであり、
これを変えたり規制することは、
「暴動」や「市民の抵抗力」を無力にして、
アメリカ政府が市民に対してワンサイドな弾圧を行う布石でしかありません。
今のところ、連射式の自動小銃や大型の銃器への規制を先行させる動きがありますが、
他人様の国のことですので、口出しするのもなんですが、
その規制すら必要ないと私は考えています。
●今後、合衆国が、州別・またはある区画で「独立」したりする場合には、
必ず戦闘にも発展しますが、その時に市民に抵抗手段としての銃器がないことは、
それこそ、独裁権力による征服や、もっといえば、
ワンワールドオーダー的な(世界統一政府という名のファシズムによる)、
大量虐殺を許すことになります。
●FEMA(連邦緊急事態管理庁)については、
陰謀論系でも、いろいろと取り沙汰されていますが、
アメリカが暴動、または混乱状態になれば、間違いなく市民は、
圧倒的な軍の力で制圧されます。
ただ、それが、他国との戦争と違う点は、
自国内の市民や、施設、つまり自分の陣地で起きる紛争となれば、
軍もむやみな攻撃や破壊は出来ず、狙った拠点だけを攻撃したり、
拘束したい人物や組織だけに攻撃をしなければなりません。
そうなったときに、市民がとる手段は、
主要都市や、国の施設のあちこちに「潜伏する」というゲリラ戦です。
その時に、抵抗力を持つのが、大型の兵器ではなく「通常の銃器類」です。
それを事前に制圧するためには、市民から銃器を取り上げる必要がありますので、
そのために、アメリカは、銃規制を開始するのだろうと私は考えています。
下記は、いささか、偏りのある記事ですが、参考までにどうぞ。
↓
http://nikusiminorensa.at.webry.info/201104/article_22.html
_______________________________
★禅問答の回答
和尚から、
>>敵ではなく お前自身を 手裏剣に打ったらどうなんだ?」
と言われた瞬間に、こう言うべし。
>「はて、何処へ 向けて ですか?」
これによって、
そもそも「架空の設定」の中に存在した敵は 消え去るからである。
もしも和尚が、うっかり、
>>「何処へって、そりゃ、敵に向かってに決まっとる」
などと言おうものなら、
僧からは、
>「その敵は いずこ ですか?」
と反撃されてしまうのは明白なので、和尚は黙る結果となる。
着座して相対している その敵とは、
最初の和尚の「問い」の中にしかいない、からだ。
●ちなみに、冒頭の問答で、僧が負けた敗因は、
「自ら を 手裏剣に打て」という和尚の言葉を真に受けて、
臨剤宗の、うすのろ坊主どものような「突撃」をしたからである。
すなわち牛過窓櫺(ぎゅうかそうれい)の公案の「猿真似」である。
そもそもが、自らを手裏剣に打つ というそのスタイルが、
和尚の言った言葉を「参考にしている時点」で、もうアウトである。
しかも、その後に僧は、
「無謀で馬鹿なことをした和尚を、自分が体をはって助けたんだ」と、
後付けの屁理屈を付け足した上に、慢心に陥っている。
この時点で、既に、禅僧失格なのである。
・その他の野暮な解説・
「敵 を 手裏剣に打つ」とは、武器がないなら、文字通り、
相手を手裏剣のように投げ飛ばす、という意味。
「自ら に 手裏剣を打て」と僧に言われた和尚が、火箸を上に投げたのは、
当然の事として、和尚はここで、
「まったくの不正解」をわざとやったということ。
そもそも禅問答は「文字通り」の事などしたら不正解であるからだ。
たとえば、「両手で手を打ったら音が出る、では片手ではいかに」
の公案に対して、
「自分の膝を打つ。相手の頬を打つ」などが、大間違いであるように、
無理難題を無理やり行う行為は、すべて不正解となるのが禅問答である。
であるからして、ここで和尚がそんな馬鹿をわざとやったのは、
僧の「心の動き」を誘い出すためである。
心の動きとは、すなわち、頭で考えた行動に陥らせるためである。
だが、もしも、ここで、和尚が、
普通に「正答」をしようとしたならば、
反撃の言葉は、こうなるのである。
僧
>>「和尚 自ら に 手裏剣を打て」
和尚
>「しまった、やられた!」
そう叫ぶと、和尚はぐったりとした。
・さらに野暮な解説
ここで和尚が、「やられた」というのは、
禅問答に負けたという意味ではない。
僧が、「まずは和尚が 和尚自ら に向けて 手裏剣を打て」と口にした、その瞬間に、
既に「和尚は、自らに 僧という手裏剣を打ち込んだ事」になっている、
ということである。
否、僧は、和尚の策にハマって「思考」を動かしてしまったが故に、
和尚にあのような言葉を返したのである。
故に、僧が、もしも本当に優れていたならば、
即座に「その敵とは、問答の中にのみ存在する架空の敵なり」と看破して、
>「打てと言うが、一体、どこの敵へ 向けてですか?」
あるいは、
>「その敵は、どんな服を着ておりますか?」
でも正答だったのである。
和尚の心の中に、いささかでも、「敵について想像させる事」が出来たら、
その時点で、和尚の負けだからである。
さらに、もっと言えば、
>>「敵に相対して 着座すれど 手元に 何ひとつもなし。さあ、どうする?」
の問いの時点で、
>「敵に、一服の茶を もてなします」
でも良かったのである。
なぜならば、この時点では、
その敵が、着座している僧に向かって襲ってくる、
などとは、「ただの一言も、言っていない」からなのである。
「敵」と聞いただけで、
「敵は有害だ。敵とは戦うべき」と簡単に思い込んでしまうことも、
人が、言葉の罠に落ちる所以である。
それよりも、
敵に一服の茶をもてなして、話し合って和合するのが、
仏道というものである。
●ちなみに、こんな野暮なことを言う和尚はいないと思うが、
僧が、
>「敵に一服の茶をもてなします」と言ったときに、
和尚が
>>「ワシは、手元に何ひとつもないと言ったぞ」
ときたら、
>「たった今 和尚様が 茶具を出して下さいました」で、勝負あり、である。
もとより、禅僧とは、無一物である。
いわば、坐する事そのものが、もてなしの茶ですらある。
むろん、その僧が、
見性していればの話だが。
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