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手裏剣術講座 Shuriken throwing instructions
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[669]
■
刀の話いろいろ。
by:
ほ う ざん
2004/03/06(Sat)18:16:54
24.32.112.219.ap.yournet.ne.jp:219.112.32.24:Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; MSN 2.5; Windows 98)::::ja:
●今日のは、リフォームを一休みして、
毛色の変わった画像です。
■鍛冶屋さんから刀身が上がってきました。
鞘は忍者刀のために、肩掛けの帯やその他の用途の紐が
ついていて、一般的な日本刀とは全く異なります。
↓
■ただし、「鍔(つば)」の部分だけは、普通のものにしてあります。
別に私は、壁を、かけ上がる趣味はないですから。
普通の忍者刀は、手前のもののように、
踏み台のようにして足をかけるために四角く広くなっています。
手前のは刀身が、チャチな亜鉛合金の模擬刀です。
奥の今回の刀も、材質そのものは鉄ですが、
最終的には刃をつけませんので模擬刀という事になります。
もともとは、私の武道の師匠から頂戴したものですが、
「打ち直すなり、好きなようにしていい」と言われたので、
刀身を少し短くしたり、部分的に成形のために叩いてもらって、
自分用にカスタマイズしました。
↓
■バラすと全体はこうなります。
いちおう、「データ」だけ書いておきます。
↓
●刀身=2尺3寸(太刀とは異なり「狭い空間」での使用が前提にあるため)
抜身時の刃長も約54cmと、かなり短いものです。
●反り=なし(よく知られているように斬るよりも「突く」用途が多いため)
●刃部=なし(刃をつけない理由は、後述します)
●厚さ=茎(なかご)から棟区(むねまち)までが6ミリで、
棟区から、切先までは徐々に薄くなり、横手筋あたりで
鎬筋(しのぎすじ)の厚さが4ミリになる。
これらは威力よりも、速く振れることを優先する結果の構造です。
相手が抜刀しきらないうちに、懐に飛び込んで、
刀にかけた相手の前腕を切り落とすという兵法が優先されるので、
長さや威力よりも「スピード重視」となるわけです。
二刀流であったり、他の武器を刀と併用しない限りは、
抜刀時の手の動きや角度というのは、必ずどこかにスキが出来ますので。
たとえ、逆手で抜刀しても、水平に抜刀しても、鞘を肩に乗せて抜刀しても、
悲しいかな、刀を抜くときには、
必ず前腕に僅かなスキが出来てしまうようです。
ただし、これは相手が「鎧」を着ているとスキがなくなってきます。
むろん、そんなこと、実際に生活の中で使う事もありませんので、
剣術(正しくは居合術か?)の課題として
「単なる道楽」で参究しているだけですが。
●余談ですが、これ、戦国時代ならともかく、
現代の警察の逮捕術などでは、全く通用しませんね。
だって、刃物を持ってるような犯人は、かけつけたときには、
大抵の場合は、既に刀を抜いて振りまわし、わめき散していますので(笑)
そういうアホウは、麻酔銃で狙撃するか、
しこたま、ゴム弾の嵐を浴びせるのが有効ですね。
では、続きです↓
●棟の形=三つ棟
●樋(ひ)=なし
●刃紋(はもん)=直刃
●銘=無銘
■成形のために出した鍛冶屋さんが、
思ったよりも、わりとちゃんとヤスリをかけて
くれていたので、棟の成形は、楽が出来そうです。
↓
■今は、こんなに真っ黒ですが、これがだんだんと磨かれてゆくわけです。
↓
■ちなみに、私はどうしても、竹の目釘というのが信頼できません。
昔、稽古中に、ある師範の真剣の刀身がすっぽぬけて、
相手の真横をかすめていったのを見たことがあります。
その場合には、目釘が腐ったり、折れたのではなく、何かの拍子に
抜けてしまったのでしょうけど、それにしても、危ないです。
↓
■で、私の場合には、目釘は竹ではなく鉄製のを自作してあります。
ただし、そのままだと、これまた何かの間違いで抜けることもあるので、
釘の両頭、その他の部分を叩いて、あちこち歪めてあり、
それによって、ひっかかりを作って抜けないようにしてあります。
むろん、刃付けせず、試斬にも使わないので、
こういう事をするわけでして、もしも実際に何かに打ち込む刀でしたら、
鉄製の目釘を使ったら、衝撃で柄本体を痛める可能性があるかもしれません。
↓
■これが研ぎ作業用の台です。万力とか、いろいろありますが、
ヤスリは20本以上ある中から、今回のに適したものを
数本だけ厳選しました。
砥石は、私は「ド素人」ですから、安い石を4種ぐらいしか使いません。
日本刀は、研ぐ部位によって、ひとつひとつ
研ぐ石を変えなければならないのですが、
そこまでやるつもりはありません。
焼刃土(=泥、炭、研石の粉などを練った別名「刀匠の宝物」とも言われる、
各刀匠独自の秘伝のもの)を塗った、焼き入れは、
見ると、いちおうしてあるようです。
焼刃土を盛るのは、鉄に伝わる温度差を生じる事で、刃の部分の強度だけ
を変える目的のもので、その結果として刃紋が出来るわけですが。
ごく稀にですが、この刃紋を、刀を研いだ時の研ぎ模様=傷跡と
勘違いしている人もいるみたいですね。
さて、話戻りますが、今回のものは、刃付けをしないので、
主に表面だけが、そこそこ、きれいになればいい、という感じです。
耐水ペーパーは、600番、1000番、1500番、2000番の
4種類と、その他、歯磨き粉と砥石の粉末を混ぜたものも使います。
うまく磨かれた鉄というのは、
(季節や、放置する場所の湿気や温度にもよりますが)、
油など塗らずに、空中に数ヶ月間放置しておいても錆びません。
とはいえ、まー、普通は鞘の中に納めておくものですが。
↓
■たとえ、切れない刀を仕上げると言えども、
心を正して、砥石に向かいます。
(後で、刃付けをしない理由を述べますが、
これは「物を切る」ためのものではなく、
「気配や邪気を切るため」のものであるため、刃付けしません)
砥石台も自作のもので、何種類かの石を着脱できるように
工夫してあります。
↓
■神棚に供えてあった塩で、刀身を清めます。
↓
■僧侶が、法事などの際に身につける「塗香」という粉末の香を
刀身にすり込み、「気」を清めます。
↓
■砥石は、一晩水につけておきます。
私は、どうも貧乏症で、廃物利用をする癖があるので、
小さくなって使えなくなったグラインダーの石なども、
粗目の砥石として「部分的」には、使えます。
↓
■ここまでやったら、
今日は日がだいぶ傾いてきたので、ここまで。
室内で、刀身を、紙垂で祓い清めて、おしまい。
↓
*********
●さて、最後に、わりと知られていない精神世界ネタを書きます。
物を斬る刀と、
邪気などを斬る、あるいは結界形成に使う刀は性質が全く違います。
法剣は、第1に、斬る相手や空間が、
物理的なものではないということ。
●それで、登録証のある日本刀を居合の稽古で使っていたり、
飾りものとして持っている人の注意点なのですが、
頻繁に稽古するために持っている人の場合には、
常に、使っている本人の気が、刀身中に循環していますから、
変なものが憑いたり、宿ることはないのですが、
特に、気をつけるのは、飾ったままの人。
●短い普通の刃物やナイフ類、また農具、
魚類解体用の長い庖丁とか、あるいはその他の長い刃物、
これらは、無害ですが、こと、日本刀あるい西洋刀などの
元々、殺傷する武器としての出生から生まれたデザインの
長剣を部屋に置く場合には、注意が必要です。
●で、特に注意なのは、それらの戦のためにデザインされた刀に
刃がついている場合です。
もしも、稽古などで使うことがないものなのであれば、
日本刀としての価値を落としてもいいので刃を無くすことです。
残念ながら、そうすると刀を振ったとき独特の「ヒュッ」という
風を斬る音が半減して、愛好家の方は悲しいでしょうけど。
しかし、逆に刃を落とすと、
その刀は、「法剣」としては機能するようになります。
つまり、法剣として使いたいなら、
刃のついていない刀か、もしくは模造刀を置けということです。
これ故に、私は、使わない期間が長い観賞用の刀には、刃付けしません。
*********
●また、本当の事を言うと、1番、気が斬れるのは、
金属製の刀ではなく、木製の刀です。
木製の刀は有機物なので、
金属よりも術者の生きた気が込めやすい。
邪気を切ったり、その他の魔術的な用途に使ったり、
使ったり、飾っておくのには、木製の剣がお勧めです。
ご存知の人も多いでしょうが、中国の道教の妖術師は、
木製の剣を使います。
*********
●一方で、刃のついたものは、
真剣は、むろんの事、模造刀でも刃をつけてしまうと、
とたんに、運気を落とす人が世の中に多くいます。
具体的に言うと、約50cmを超える長さの、
「刃のついた」、日本刀もしくは西洋剣(つまり戦場的デザインのもの)は、
訴訟裁判とかのトラブルを呼び込みやすく、
また、人によっては、貧乏神が、寄りつきやすくなります。
お金との縁までもが切れてしまうとかですね。
●これは、うまく使えば、腐れ縁の「縁切り」とかにも使えるのですが、
大抵の場合には、うまく使えず、
トラブルを呼び込むことが多いです。
もともと、自分の意志の弱い人が、意志を固める場合に
こうした長い刀剣類を飾ったり、手にすると
意志や運気もぶれずに、まっすぐになるという、
心理的効果はあります。
しかし、その場合には、刃のついていないものが好ましいです。
●刃のついたものは、農具とか、ナタとか、もともとの用途が
農作業などのためのものなら、いいのですが、
日本刀や西洋剣、あるいは中国刀でも中東やアジアの刀でも、
もともと、人を殺傷する目的で生まれた「デザイン」のものは、
そこに切れるレベルの刃がつくと、とたんに、違うものを
吸い込み始め、変なものが取り憑きやすくなります。
刃のついた刀剣は、平たく言えば、血や争いを呼ぶのですが、
だからといって、実際にそれが直接に刃物沙汰の事件になるのではなく、
現実的には、いろいろな形の闘争や訴訟問題を引き起こします。
日本刀を持っていたら、直接にそれが事件に使われたという事は
実際には、かなり少なくて、
むしろ、別の事件や紛争に「現れ方の形が変わること」が多いようです。
で、そこまでトラブルにならなくても、
斬れる=縁が切れる、ということで、
必要な金運とか人脈の縁までもが切れやすくなる。
さらには、最悪、持ち主が発狂したりします。
そうなると、それは、守り刀となるどころか、
その家を破壊する確率の方が高いです。
*********
●稽古で、しょっちゅう、その刀を振っていたり、
巻き藁などの試斬に使っている場合には、
気が刀から常に「発散」され続け、また使い手の「新しい気」が刀の中を
循環しているので、この場合には、全く問題はありませんが、
長く、ほっておいたままで、たまに抜く、という、
いわゆる、美術観賞用の刀が、ヤバイわけです。
●で、これをいきなり逆転して「幸運の刀」にしてしまうには、
愛好家には、もったいない話でしょうが、「刃を落とす」ことです。
しかも、刃部は、ちょうど「丸型の棟」のように丸くしたほうがさらにいい。
こうすると、一転して、その刀は、持ち主を守るものとなり、
また、物質的には斬れませんが、
霊的には切れ味を持つことになります。
既に言いましたように、金属よりも、木製の刀の方が
さらにいいのですが、現在すでに金属の長い刀剣を持っている人は、
それに刃付けをしないことです。
さらに、もしも、今、使っていない「真剣」「西洋剣」を持っている人は、
その刃を落とすことです。まー、落とす加減は、
要するに、手に持って引いても斬れないという安全レベルにです。
すると、その刀を振ったときには、
刃がついていたときよりも、遥かによく「気が斬れる」ようになります。
●ちなみに、どれぐらい刃を潰したらいいかというと、
刀の全体の重量や長さにもよりますが、
刃厚が0.3mm〜0.4mmになったら、
もう刃物としては、全く用を成しませんので、
それぐらいが目安です。
また、これぐらいであれば、
勢いよく振った時に、ヒュッという音はなんとか出ますので。
*********
●私も昔20代のころには、面白がって、
模造刀とか軟鉄の板を2本ばかり、研いだこともあるのですが、
何度か、その後の生活状態を観察するうちに、
これらの刀剣類は、斬れるような刃がついたとたんに、
生活の上でトラブルを引き込みやすい、という事に気付きました。
それで、それからは、それらに付けた刃を落として、
また新しく買った場合にも、長剣には刃をつけないか、
または、最近では、もっぱら「木製の剣」を愛用しています。
そういうわけで、今回の忍者刀も、モノではなく、
「気」を斬れるようにするために、刃付けをしないわけです。
*********
●どうして、刃のついていない刀剣類の方が、
霊的な戦いには有利なのかの理由は、はっきりとはしませんが、
推測するに、戦闘で相手を斬るという「外形」だけが残り、
物質の次元を斬るための実際の構造と性能と、
その気配が失われてしまった「その分」が、そっくり、
「向こうの世界に、転移する」のだろうと私は思います。
非常に簡単に言うと、一種の「ストレス」の転移ですね(笑)
●これが人間を模したもの、つまり人形とかも、
そういう転移の特性がありますから。
つまり、人形を扱っていると、
向こうの世界に念が転移してしまうなどです。
これは、うまく使えば病気や災難避けの「身代わり人形」になるし、
悪用すれば、呪いの人形になるというシロモノですね。
*********
●で、刀の話に戻しますと、こうなると、
長尺の刀は木製や竹製よりもさらにいいのは「紙製」の刀剣ですね。
しかし、紙製だと、ちょっと振りまわすと折れてしまうので、
やはり、木か、竹がよろしいようです。
ちなみに、プラスチック製は、全然駄目ですね。
また武術用の「棍棒」は、それは刀の形ではないので無効。
せめて形だけは、戦闘用の刀剣の形をしている必要がある。
●そういう事から言うと、余談ですが、
大昔の、国宝の「七支刀」、
あれは、一見すると、法力がありそうに見えますが、
あの形状は、たとえ霊的な戦争になっても、
「護り」には、大変いいのですが、攻めには使えないと私は見ます。
攻めには神器と言われる「草薙剣」の方が有効と、
「私個人」は思います。
■
●ちなみに、手裏剣とか苦無など、あの程度の長さのものは、
問題になりません。
長さ的には、「脇差」あたり以上からがまずいですね。
日本の「軍刀」や「西洋刀」は当然要注意です。
「槍」や「薙刀」は、金属の部分は少ないのですが、
全長そのものが長いので、飾り付けや、扱いには要注意。
●私は持っていませんが、「斧」または「鎖鎌」の類は、
戦闘用で、しかも刃がついてても、霊的には安全みたいです。
もともとが、農具だからなんでしょうかね?
●「弓」については、私は経験がないので、分かりません。
あれは、狩猟用も兼ねているし、破魔矢もあるしで、
まーいいかな、という感じですかね。
●「錫杖」は、もともとが法具なので全く問題ないでしょう。
*********
●最近、映画などの影響なのか、どうも、また時代劇ブームらしく、
単なる飾りものとか、振って遊ぶためだけに、
値段が何万もする馬鹿っ高い「居合刀」を買う人も多いようですが、
合金であっても、うっかり刃付けしないことです。
また、基本的に、いわゆる日本刀の「形状」をしたものは、
登録証のないものは、刃付けしてあると、違法になります。
■しかしながら、
この日本刀の形状というのが、法的にはかなり曖昧なのもので、
これだと、外国製のステンレス製の刃付き長剣とかは違法にならない
という法的な矛盾がここにはありますね。
また模擬刀の定義が、材質が「真鍮に限定する」とかなら分かりますが、
一般には、材質の限定は「特殊合金」となっているのですが、
この特殊合金というのが、
物によっては、そもそも鉄並みの強度があったり、
刃付けが出来てしまうシロモノなので、
これまた論理的には、かなり「変な法律」なわけです。
しかも、登録証さえあれば違法でないという事であると、
暴力団事務所とかでも大量に刀があってもOKになってしまうわけでして、
本来でしたら、武術道場の有段者以外は、所持不可能とするのが
いいのかもしれませんね。
(もっとも、そうやってもその会員証とかを偽造するのでしょうけど)
しかし、そうなると今度は、何十万、何百万という金額で売買されている
美術刀の市場の愛好家の方や、そのマーケットの関係者や、
刀匠や鍔職人、鞘職人など、刀の制作過程に関係する、
さまざまな名人級の職人の方たちが反対するでしょう。
しかも、所持を極端に限定してしまって、市場経済が枯渇すると、
国際的な美術品としての文化継承も、資金的に困難になってきますしね。
ということで、どうも、終戦時の刀狩りからそのままになっている旧法律
のせいなのかわかりませんが、現行のこの法律は
「矛盾だらけの面倒な法律」なのですね。
私に言わせれば、
今時、武器として使われることもなくなり、
あっても、長くて邪魔なだけの刀なんかを取り締まるより、
銃社会でない事で国民の平和が守られている我が国に流入する、
銃と麻薬を取り締まる方が、最重要な事だと思います。
◆それと、刀匠の人の造れる刀が、年間にたった24振りというのは
刀匠の人や研ぎ師の人達の生活をすごく圧迫する法律だと思いますので、
伝統美術を守るためにも、改定すべきだと私は思っています。
■でまぁー、そういう話を抜きにしても、今回の話で分かるように、
「法剣」「霊剣」「神刀」として使いたいなら、
「刃のない刀」か、もしくは「木製の刀剣」にすることです。
*********
●いずれも場合も、こうしたものは、
使ったあとや、たまに、磨いたり手入れをするときには、
悶々と焚いた香の煙を通して清めるのが良い。
鉄や木は下手に塩を使うとサビしたり湿気を吸収してしまうので。
香は、別に仏教臭いものに限らず、いわゆる
ハーブの類でもよくて、要は、世界各国で、
清めるときに使うインセンスならなんでもいいです。
なければ、調理用のスパイスのタイムとかローレルを燃やした煙でも
いいわけです。
あとは、神道流なら、お神酒をかけてふき取るといいでしょう。
*********
●・・・・・・私自身の血筋的な流儀が、
神道や山岳信仰が混在して交じり合った、
いわゆる修験道系から派生した「忍術」であるため、
いろいろなモノの扱い方のプロセスでは、
神仏ごちゃまぜ、果ては、妖怪や動物まで仲間、
といった面が多々ありますね。
まー、私に言わせれば、
人に道を説き、人間に「仲良くしろ」と説教するなら、
まずは、異なる神様同士が、お手本に
「仲良く」混在してもらわないと話にならない、というのがあります。
さりとて、先日書いたみたいに、
神棚の中に仏教経文のお札・・・、あれは戴けないね。
いっそ、神棚に仏像を置くぐらい、開き直った度胸があるなら
それはそれで話は別ですが、
なんだか、わけもわからず、面倒なのでお札を神棚にぶっこんだという
その「無神経さが憑いているもの」なので破棄しました。
■それと、違う系列の宗派でも、仲良くしてもらにゃ困るとは言ったものの、
宗教体系というのものは、それぞれに「抗生物質」のようなところがあり、
薬と同じで、下手にミックスしたり、同時に服用すると、
大きな副作用があるものもあります。
ですから、基本的には分断しておくのが妥当です。
日本の場合、「日本化した仏教」と神道はどうも折り合いが悪いようなのですが、
ヒンズー教や中国の体系と、神道とは、バッティングしないようです。
その結果、七福神みたいな面白いものが、ちゃんと定着してしまうわけです。
●ちなみに、禅宗は、どこともバッティングしないです。
だって、そもそも、ありゃ「信仰体系」や「神話体系」じゃないから。
●で、そのせいで、
素人が、あちこちの体系をごちゃ混ぜにした近代の新宗教とかカルト教団が、
「人格破綻者の教祖」を生み出しやすいのです。
個人的にあちこち研究するのはいいのですが、
体系としては
>「まぜるな危険」
というわけですね。特に、西洋のものと東洋のものは。
一例として、ユダヤのカバラの体系と神道や仏教体系は食い合わせは最悪です。
ケルト系の体系も多神的なのですが、東洋の体系とはあまり合わない。
キリスト教にそもそも元元は魔術儀式的な体系があったはずですが、
それらも現代では東洋の体系とは合いません。
イスラム教と、ユダヤあるいは、キリスト教が、
あれほど戦争するというのは、
やっぱ、相当に薬として体に悪いのかもしれません。
もしも自分は破滅していいと思う人がいたら、
キリスト教またはキリスト教と、イスラム教の寺院の「二股信仰」とかしてみると
面白いかもしれません(冗)
とりわけ特に、混ぜるとおかしくなるのは、一神教とか、
あるいは、ある特定の教祖一筋、みたいな「狂信的」な集団の体系の場合で、
そういう意味では、
八百万の神々や、いろいろな民間信仰に対して全く抵抗の無かった日本人
というのは、相手が一神教または、一神教的でないかぎりにおいては、
さまざまなものを抱擁出来る、非常に懐の深い「母性的な世界」であるのでしょう。
そういう点では、霊験あれば、なんでもござれの中国の仙人様たちとも
日本人は仲がいいし、インドの多神教とは、本当に付き合いが長い。
■同祖論だとかの理屈上や、歴史上の起源が同じであれ、どうあれ、
こういった宗教体系、特に、「一神教化」してしまったものというものは、
育っていった「土壌」「風土」が違うので、
結果として、その実や種も、根も葉も異なる品種に変異しています。
従って、当然、そこから出来あがった薬も「違う」わけです。
効能の違う強い薬を同時に服用すれば、弊害があるのは、
当たり前の事なのです。
それに比べると、さまざまな交配を自由に重ねた「多神教同士」は、
いろんな効能を含んだ薬になったようです。
一神教とか、あるいは、一人の教祖をあがめるという、
そういうのではない、自由奔放な「多神教同士」というのは、
体系の合成が、比較的可能なのかもしれませんね。
■
●
■
★
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