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「分割自我復元」
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[101]
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★分割自我復元★その100 ●判定への感想と報告●
by:
鈴木崩残
2012/06/11(Mon)04:54:13
●ひとつ前の投稿の「推薦文」は、四人目、五人目、六人目が追加されています。
●さて、ここ2日ほど留守にしていましたが、
先ほど皆様からのメールをすべて読みました。
返信は、しばらくお待ちください。
●実は、土日に、手裏剣術の「合宿」をしたものですから、
体(特に腰から下)が、強烈に痛くて、今もまだ回復はしていません。
精神的には全く疲労していないのですが、どうも、足腰にきてます。
ちなみに【稽古合宿の様子です】
↓
http://www.mumyouan.com/k/?M1125
_______________________________________________________
●数日したら、「自我復元」というシステムについて、
現在、私自身の検証課題となっていることについて書きます。
むろん自我復元をやっている方にも関係あることです。
_______________________________________________________
判定結果へのおたより
今日久しぶりの休日となり、改めて感想文をお送りいたします。
前回判定いただいた時に●●%で、
少なくとも2月中には●●%になるだろうと思っていましたが、
2月3月は作業に集中できなくなり、4月から巻き返した感がありました。
とはいえ、まだまだ●分の●を過ぎたところですから、
自分の判断にも間違いがたくさんあるのだろうと気が抜けません。
それでも、復元を始めた当初の2倍以上になった今、
自分への信頼はとても強いものになりました。
けれども、ようやく●●%です。やっとマトモな人間の領域です。
今まで本当に、よく生きてこられたなと我ながら驚きます。
自分の身体を操縦することを覚え、
自分の身体ともっと親密に付き合っていくことになるのかなと思います。
身体はただの乗り物だとか、着物のようなもの、死んだら脱ぎ捨てていくもの、
とスピリチュアルの世界では言いますし、乗り物というのはその通りだと思いますが、
乗っているからには、ちゃんと乗りこなしたいと思います。
今まで身体というものは、ケガや病気の時以外は、
ほとんど意識を向けてきていませんでした。
無自覚で、睡眠や食欲には翻弄され、その欲求の出所も理解できず、
何もかもが茫洋としていました。
自分の外側も内側も、霧がかかったように何も見えず、
もどかしく扱うことのできないものだったのだと改めて思いました。
スタート時が●●%ですから、●倍ほどになりました。
復元作業を始めた当初、始める以前と比べると本当に別人です。
◆人の輪の中に入ってみて、思うこと感じることがたくさんありました。
こんなにたくさんの人たちと一緒に過ごすことは実に何年かぶりで、
この機会に多くの人と接して、自分の変化を確かめてみたかったからです。
その中で感じたことは
「やっぱり、歴然とした人間の質の差というものはある」ということでした。
考え方や精神を変えることは不可能なのだと思いました。
ネガティブやポジティブというのは、
努力すれば持つことができるものではなく、
自分が持っている「持ち物」として、
ずっと変わることなくあるのだということです。
グダグダしていてネガティブな人を、
いくら励ましてもポジティブにはなれませんし、
ポジティブでモチベーションの高い人に暗くなれ、
ポジティブ思考をやめろと言っても、やめられません。
ネガティブな人は、たとえば、
「感謝して良いこと探しをすれば運は開ける」などと言われて感動し、
心の底からポジティブ思考になりたいと願っても無理なのです。
「そんなふうに感謝を続けても、本当に運が開けるのだろうか」という疑念でいっぱいになり、
だまされてるんじゃないか、他の人はそうでも自分は違うかもしれないんだしとか、
たまたまその人がうまくいっただけで、
誰にでも当てはまるなんて証明されてないじゃないか、とか言い出すのです。
みんな、どんなに望んでも結局は、
「そんな自分をやめられない」のだと思いました。
◆私は今回、グダグダしたグループの人たちを見て、
復元作業を始める以前の自分と全く同じだと思いました。
考え方が同じだからか、表情や肌の質感、雰囲気のだらしなさ、
汚らしさもよく似ていました。
人口はどんどん増えて、人口の数だけ個性や性格の種類があると思っていましたが、
どうやら違うのだと思いました。
それらの違いを考える時、自我率の考え方、区別方法が
一番的確なのではないかと思います。
◆今回の判定で面白かったのは、
判定中に崩残さんがご自身のことを考えてしまう、というお話でした。
確かに今の私は、以前と比べると驚くくらい、他人のことを考えていません。
誰かと摩擦や衝突、あるいは不満に感じることがあっても、
家に帰って一人になると、相手のことを考えることがありません。
けれども、他人について考えることで自分を理解することは増えました。
相手に対する自分の感情についても、冷静に考えて理解することができるようになりました。
たとえばですが、
1)20歳の男の子。コミュニケーション能力が低そうで、引っ込み思案に見える。
卑屈で気弱そうな子がいました。その子が自己紹介の時に、
「僕は人と接することが好きなので、ぜひ絡んできてください」と言った。
違和感があったが、無理して嘘をついているようにも思えない。
本人は本当に「人と接することは好き」と思っているようだった。
私も20代の頃、就職活動の面接の時、
「人と接することが好きです」と言っていたし、自分のことをそう思っていた。
この男の子と、当時の自分は似ていると感じた。
その子はいつも一人でいてポツーンとしていた。
そこで話しかけてみると、人なつこい笑顔で嬉しそうにしてきた。
その瞬間、私はわかった。
この子は「人と接することが好き」というのは本当で、嘘ではない。
けれども、この子にとって「人と接する」とは、
「人から構ってもらうこと」であって
「人と関わりあうこと」ではないのだとわかった。
構ってもらえることが嬉しくて、
構ってくれる人には無差別にしっぽを振ってなつく。
構ってもらうことが好きなだけで、
相手の個性、相手そのものが好きなわけでない。
そして相手の言動が、自分の期待どおりでないと傷つき、
嫌われたと感じれば相手を恨み始める。
相手を恨むほど気が強くなければ、自分自身を責めて鬱になる。
2)不平不満が人相になってしまっている女性。
肌の質感、口角の下がり方、太り方、体の重たい感じ、ダラダラした雰囲気が、
自我復元を始める前の私にそっくりだった。
この人は、その場の争いが嫌で争わずに、負けることを選んだのは自分なのに、
その選択の先に起こること(悔しい気持ちでいっぱいになる、という現実)
に対して無責任な人だなあだと思った。
何かトラブルが起きてしまった時、たとえ解決できたとしても、
何かしらシコリやわだかまりは残ると思う。
波立ってしまった感情は簡単にはおさまらないと思う。
負けるが勝ちで引けば悔しさが残り
電話口で争えばまた別の嫌な感情が生まれる。
いずれにしても受け止め難い感情が生まれるわけで、
どちらを選んでも結局は「それによって生じる現実と感情を受け入れ、自己処理する」
ということが、責任を取るということなのではないかと思った。
彼女がやっている感情のなすりつけは、
自分が選んだものへの責任放棄なのだと思った。
私は、そういった感情のなすりつけを、
日記に書いたり、漫画のネタにしてみたりしていた。
それは単に恋人や親友がいなかっただけで、
そういう相手がいれば、私もそうしていたと思う。
その女性は、私とさほど親しくはないが、
私のことを「そういうことをしていい相手」と思ったのだと思う。
これは私が親からそういう扱いを受けてきたからだと考えている。
弱音やグチを吐くことが問題ではなく、
私が相手の愚痴を受け止める関係にはないのに、
相手の愚痴の、はけ口にされてしまうことが問題。
3)男性で、いじられキャラ。性格自体は社交的で明るい。
コミュニケーション能力もありそう。だけど顔が濃い。目が妙にシリアス。
たぶんオタク気質で、
普通の人が考えずにスルーすることを考えるのが好きなのだと思う。
実際、好きな音楽などサブカルチャーというのか、
一般受けはしないけど一部の人が熱狂的にハマるものを好むようだった。
そういう「なんかどっか普通じゃない」ところと顔が濃いことから、
特に若い女の子から「顔がキモイ〜」などといじられている。
本当にキモければ、むしろ無視されるはずなので、
実際には好かれているのだけれど、
なぜかそういう「好きな子ほど、いじめてしまう」という、
小学生男子みたいな屈折した愛情表現を、みんなから受けていた。
私自身も、その人のことは、なんとなく好きで仲良くしたいと思ったが、
話をすると、なぜか意地悪なことを言ってしまう。
相手は笑っているけど傷ついているんだろうなと思うのだけれど、
意地悪を言う→「そんなん言わんといてくださいよ〜」、みたいなやりとりが心地よい。
私は、意地悪なことを言い、失礼なことを言っても許されている、
ということが心地よいのだと思った。
自分は無礼なことをしているのに相手からは愛されている、
という思いこみが心地よいのだと思った。
それは優越感ではなく、
「なにをしても愛されている」という絶対的な安心感だと思った。
赤ちゃんが親から与えられるもの、それを求めていた。
その男性は、包容力があるわけでもなく、慈悲や博愛の精神があるわけでもなく、
いじられてしまうことに困っていて、他に方法がわからないので、
笑ってやり過ごしているような感じだった。
絡んでくる人たちも、その人のことを馬鹿にしてはいないし、
ちゃんと仲間として大事にしていると思う。
仲良し同士のじゃれあいなのだろうが、私には何かが気持ち悪く、
歪んでいるような気がした。
その人に絶対的な安心感などというものを求めている自分をキモイと思った。
もっと普通に、まっすぐに人とつき合いたい。
4)それからこれは余談ですが、今回初めて他人様に
「放射能について、どうしているか?」を直接質問してみました。
質問した相手は30代独身の女性の方ひとりだけで、他の人には聞いていないのですが、
「水や食べ物をどうしてる?汚染こわいよね」と聞いたところ、
ものすごく明るく「私はいっさい気にしてない!!」と言い切られてびっくりした。
さらに「瓦礫の受け入れを拒否してる自治体、頭にくる!
被災地の人たちがかわいそうじゃん!!」と怒っていた。
この人の反応にびっくりして、放射能の話はいっさいしないように決めた。
それに、誰も話題にしていない。
地方から来ている人もたくさんいるけど、
東京の水道水は飲めない(都会だから)ということを言う人はいたけど、
汚染については何も言わない。
放射能汚染や原発事故の話題って、ものすごくタブーなのだろうか。
震災の話題もいっさい出ない。
私が東京に出てきて、
今の住所に住み始めてすぐに震災が起きてびっくりしたという話をした時も、
なんか微妙にタブー感が漂った。
辛くて触れたくないというよりも、嫌なことだから忘れたい、
せっかく忘れかけてきたのに蒸し返してほしくない、
といった嫌悪感が漂った気がした。
汚染について私自身はどうしても強い実感が持てなくて、
自分が食べるものを多少なりとも考えたり、
今後、東京に住み続けるかどうかを考えたりしている程度だけど、
「もっと気にして、真剣に考えなければ」
「一日も早く今後の身の振り方について答えを出さなければ」と焦っている。
「気にしない!」と明るく言い切れる人たちは、
どうしてそうなれるのだろうかと思うが、身に迫る現実感がないのだろう。
私も自我復元をしていなければ、
この人と同じように何も気にせず過ごしていたと思うし、
マスコミに操作されて、食べて応援とか、
この夏は東北に旅行に行ったりしていたかもしれない。
_______________
◆砂手さんのクッキーについて
このたびは、たくさんの種類を送ってくださり、
本当にありがとうございました。
どれも口の中いっぱいに味が広がり、
おいしいとしか表現できないのですが、
広がっているのは幸福感とでもいうのか、
全身に広がる心地よさでした。
人が作った物ではなく、
「クッキーの樹」から摘み取ってきました、というような感じがありました。
本当に不思議なクッキーでした。
以前、他の読者の方がクッキーの感想を書いていらして、
どんな味なのだろう?いつか食べてみたい!と思っていました。
本当にありがとうございました。
___________
◆滲み書について
「気」
前のめりな形が印象的でした。前に進もうとしているようにも見えるし、
後ろ足で踏ん張ってその場に留まろうとしているようにも見える。
力強くて、見ていると気持ちが締まってきます。
「要」
両手を広げて受け止めてくれるように見えました。
仁王立ちにも見えるし、あぐらをかいてどっしり座っているようにも見える。
小学校の時の厳しい先生を思い出しました。私にとって、父親のような書です。
「雲水」
すごくシャープで無駄がないと思いました。
贅肉がそぎ落とされてスッキリしていくような感覚になります。
光に透かして墨の濃淡がより強くなると、洗い流されていく感が強まります。
ちょっぴり武道の先生っぽい。
「花界」
優美で洗練された生き方に見えます。前回いただいた「蓮華」と似ています。
こんなふうに生きたい。
「欲」
曲線が踊っているみたいに見えます。自由でいいんだ、と思えます。
私は自分の欲を抑圧してきたのかも。
何か悪いものだと勝手に思って隠そうとしてきたのかも。
楽しそうに踊っているように見えます。
「泰龍」
どういった意味を持つ言葉なのでしょうか。厳しくて心地がよいです。
「要」より枯れてておじいさんぽいけど、私にとって父的存在に感じます。
「雲水」にも似ていて、師範という感じがする。
・中略・
■判定のお手紙でアドバイスいただいた入浴剤・アロマも、
先日東急ハンズに行って探してみました。
●●の香りというのは見つからなかったのですが、
香りが近そうなボディソープと、●●油のヘアオイルを買ってみました。
家に帰ってきてからネットで調べますと、
●●の香りの石鹸とルームフレグランスがありました!
さっそく注文してみましたが、どんな香りなのか楽しみです(^^)
いろいろ雑然と書いてしまいましたが、
このたびは判定をありがとうございました。
今後はまず●●%を目指し、新しい環境の中で自分自身を確認し、
試していくことを楽しみに頑張ります。
それでは、このたびはありがとうございました。
これからもどうかよろしくお願いいたします。
__________
>■こちらこそ、よろしく。
__________
>次は、砂手へのメール
砂手さま
ついに!ついに!本日お茶とお菓子をいただきました!!
ふぉぉぉぉぉおいしいいいい!!
となって、もったいないので精神を集中して、
味わいました。
以下に感想を書きます。
ライチティーはいいかおり!
ライチティーというものを初めて飲みましたが、
口に含むとほんのり甘くて、お砂糖とかなにもいれなくても、
いやむしろ入れずに味わいたい感じでした。
アーモンドのシロップ掛けは
食べてすぐ「んなっっ!!!」となりました。
すごく、香ばしい、深くて甘くてこくがあって呆然としました。
思わずめがねをはずして味わいました。
(感覚に集中したいときはメガネをはずします)
こんな美味しいものがあったのか・・・
前にいただいたクッキーのときもそうでしたが、
なにか砂手さんのお菓子は食べると美味しすぎて呆然とします。
今まで食べていたアーモンドとはなんだったのか・・・
ロースト?したような香ばしい感じなのですが、
こげくさいのではなく、なんというか
「これが”ロースト”か!」という味わいでした。
「ローストってこういうことか!」みたいな。
このお菓子がどのように作られているのかわからないのですが
これが「ロースト」だと確信しました。(違ったらごめんなさい・・)
今後は自分のなかの「ロースト」の基準をこれにしようとおもいました。
半分いただいて、後は明日食べるのでラップして冷蔵庫に戻しました。
(美味しいものはちょっとずつできるだけ長く食べたい性分です。
兄弟がいる友達に言わせると「一人っ子だからだよ」だそうです)
いまライチティーの二杯目をいれて書いています。
最近、ばたばたしていて、
「今日こそあのライチティーとお菓子を!」と思って今日いただきました。
本当に、久しぶりに、落ち着いた気持ちがします。
お茶、というのは、「お茶の時間」というのは、これなんだ、と思いました。
本当は。
日常の用事を、今だけは離れて、自分が自分であるだけの状態にもどる、
そういう時間なんだって。
本当に、おいしいお茶とお菓子を、ありがとうございました。
明日のぶんも楽しみです。
______
★
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