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[196]
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★分割自我復元★その196■ 【 全自我人のサンプル・その1 】 ■
by:
鈴木崩残
2013/04/21(Sun)09:53:13
全自我として生きる姿勢の一つ
1時間17分ありますが、全て聞くといいです。
くだらん、宗教説教ビデオや、成功法ビデオなど聞くよりも、
まっとうな「人間の生き方」について、
ずっと多くの事を感じることが出来るはずです。
ブレない意志、思考の健全さ、正直で、かつ絶妙に自然な話法、
コミュニケーション能力、感情の盛り込み加減、
すべてにおいて、「(先天性)全自我」の状態としては完璧です。
まるで「大真面目」な「落語」を聞いているかのようです。
壇上で、羽織が似合いそうです。
■蛇足・・・
この人の、お顔・・・・
爆笑問題の「太田」君と、似てるなー。
遺伝子が、同じ「機種」かも。
*********
と、サンプルだけ出して、あとは考えてもらおうと思ったのですが、
つい、いつもの、私の不治の病である、「親切病」が出てしまい、
以下に、つらつらと、思いついたことを書いてみました。
「大きくなったら、何になりたい?」
●子供のころに、この質問をされるたびに、困った、
という人は、少なくないはずである。
大人が子供にするこの質問は、
「大きくなったら、何に・・」の
「何」の部分が、たいがいにおいて「職業」を意味していることが大半だ。
そこで、その質問をされた子供が、
「大きくなったら、大物になるんじゃわい」とか
>>(もう既に、大物じゃん。)
「大きくなったら、男を惑わす女になりたい」とか、
>>(どういう、テレビドラマを見すぎたんじゃ!このガキは。)
「大きくなったら、立派な大人になりたい」とか、
>>(「立派」って、それ職業名だっけ? 「立派業?」)
「大きくなったら、家族を大切にする大人になりたい」とか、
>>(つらい家庭だったんだねぇー。よしよし。)
このような、大人の意表をつくことを、子供が言おうものなら、
質問をふっておきながら、
その大人は、苦笑して、誤魔化す始末である。
ちなみに、なぜか(徴兵制であるにも関わらず)「兵隊さん」は、
「職業」であるらしい。
また、「いいお嫁さん」も、「職業」の一種であるらしい。
実に、変な価値観だ。
*********
●このように、「何になりたいか?」という他者からの質問または自問は、
多くの場合に、具体的な職種を意味している、か、
または職業分野だと、決め付けられている。
「この世界に今までなかった職種を作りたい」といった、
壮大というか、イカした回答をする子供を、私は見たことがない。
いてもいいものだが、残念ながらリアルでは見たことがない。
それで、気がついたら、
その本人が「自我率判定士」とか「手裏剣鑑定士」という、
聞いたことも、見たこともない、面妖な代物になってしまっていた。
●悟り系導師も、セックス指南グルも、紀元前の大昔からいたので、
ありふれ過ぎていて、たいして魅力的な職種ではありませんね。
特に後者は、本気でカルチャーセンターを作ってやれば、
わんさか儲かるだけではなく、
本当に多くの、性の不一致で問題を抱えたカップルたちを助けられたのでしょうが、
その社会改革の計画は、今回の私の生の「物語」には、
織り込まれていませんでした。
*********
●そういう点から、私は今でも、
それまでになかった分野を切り開いた人たちには、深い敬意を感じます。
たとえば、音響工学を、犯罪捜査に転用した、鈴木松美氏は、
私が尊敬する人物の一人です。
一度だけ、私用で、電話でお話をさせて戴きましたが、
しごく光栄に思っております。
だから、たとえば、
「夢の扉」という番組などは、けっこう、私の「美観のツボ」に、はまります。
過去の延長や、過去からあったものの中で、能力の優劣を競うのではなく、
誰かが既にやっていることの「後追い」や「モノ真似」をするのではなく、
それまでに全くなかった「分野」そのものを切り開く先駆者というのを、
私は個人的には、最も敬愛しています。
また、実用的な「技術」だけではなく、それまで誰も考えなかった、
新しい「概念」を打ち立てた人たちも同じです。
*********
●ちなみに、私個人の場合には、
小学校前の幼稚園のガキのころには、
親には、「消防士がいい」と、口走っていたようだが、
理由は、単に、「その赤い車」が好きだったからである。
たった、それだけの「ガキならではの理由」だが、
どうやら、他の車とか、戦車とか、レーシングカーとかではダメで、
消防自動車でないとならなかったようだ。
●推測するに、車のくせに、霊柩車や、救急車に比べて、
なんだかワケのわからん、「装備」がついているのが、
幼児の目には、かっこよく見えたに違いない。
クレーン車やブルドーザーなどの重機も、いろいろついているが、
あれでは、ダメだったようである。
●実際、消防車は、目にする機会があったことも原因である。
なにしろ、私の実家から直線距離で20メートルのところに、
消防署があったからである。
ようするに、子供の目(おそらくは動物の目にも目立つであろう)
血の色である「赤」い色をした、メカを搭載した車、
ということで、消防士に漠然と憧れたのだろう。
●結果、いい大人になっても、
宇宙と地球と、人の人生のトラブルの「火消し」をしているという点では、
こじつければ、こじつけられないことはないが、
さすがにこれは、無理ありすぎ。
単に、子供の目に映った、そういう情景に影響されて、
私は、消防士に「憧れた」。
で、どういうわけか、アメリカには、
消防士の活躍が描かれた「絵本」がちゃんとあり、わくわくしながら、
そんな絵本を見ていた。
しかし、日本に帰国して、小学校1年になったころには、
「将来なりたいもの」など何もなくなり、頭から吹っ飛んでいた。
●小学校の時、自分の書いた絵が、文部省の教科書に2度載ったことがあり、
どうやら、当時の私は「ガキの中」では、少しは絵がかけたようである。
というわけで、
「たまたま、少し絵が面白く描けたせいで」、
別に、下手でもなんでも、絵を描くことが、大好き、というわけではなく、
たまたま、周囲が評価したので、
「何になりたいの?」と言われると、
「絵描き」と答えていたのが、小学校の卒業までである。
言うまでもなく、本気ではなく、
他に特に思いつかないので、しかたなく、適当にそう答えていただけである。
●しかし、一方で、
その小学生の終わりごろから、中学生1年のころに、
「バナナを創った宇宙人」の私の経歴に出てくる、
「あの一連の絵」が私の手で書かれた。
しかし、それでも別に、絵が好きだったわけではないが、
中学で部活を選ぶときに、私は、二つのもののどちらかにしようとした。
ひとつは美術部。これは単なる、それまでの惰性である。
もうひとつは、体操部。
これは単に、空中で回転したりして、
「芸当」として、かっこよさげだったからである。
●スポーツは嫌いではないが、シゴかれるのは、かったるそうなので、
「美術部行き」である。
今でもはっきりと覚えているが、
この自分の意志で、美術部を選択した時は、
親から食わしてもらっているとは言え、
紛れもなく、自分が自分の人生を選択し、
その運行を自分が支配していると、初めて感じた瞬間だった。
そう、自分の意志が、人生に介在していると初めて感じた瞬間だった。
それまでの小学生の頃には、
はっきり言って、私は、動物と大差ない無意識の中に存在していたと思っている。
●どしゃぶりの雨の日に、その薄暗く、油絵具の匂いがして、
他の部活とは、処遇の悪い、ほったて小屋のような部室に、
自分の足で踏み入れ、そこにいた、部員数名と美術の先生に出会ったこと。
これがのちに、私の人生の行く先に大きく影響する事となったが、
この話は、また別のときに。
美術や絵画そのものが、私に影響したのではなく、
その美術部の環境と人々そのものが、かなり複雑な形で、
その後の私の人生全体に、間接的に影響したのである。
●ちなみに、絵については、美術部に入部したとたんに、
関心の大半が失われた。
なにしろ、一番高学年の先輩(高校三年)は、美大を目指しているレベルである。
「おいおい、プロの画家かよ」と私の目には見えるほど、
デッサンも、油絵も、見事である。
小学生で褒められていた程度のレベルではない。
挫折感といったものは私の中には、全くなかったが、
「これは、自分が目指すものじゃないな」ということの確信が出来た。
だから、それから6年間のうち、特に4年間ほどは、
木炭でのデッサンも、油絵も、学園祭に向けた制作も、
全然、面白いものではなく、
部室で、先輩たちと遊ぶことと、部室の前で、
角材のバットとゴムボールで、野球をすることが日課となった。
●不思議なもので、美術の世界に入ると、
肝心の制作をそっちのけで、制作を怠けて「スポーツごっこ」をする、
という、この悪癖は、大学時代になっても続いた。
高校卒業までは、毎日のように、三角ベースをしていたかと思うと、
美大に入ったら、課題もやらずに、毎日のように、
卓球とキャッチボールに明け暮れていた。
*********
●で、長たらしい余談から戻り、
「大きくなったら何になりたい?」の話ですが、
結局、私は、幼少期には、消防士、
小学生のときには、画家、
しかし、中学に入って、3年ほどして、
高校生のときには、明確に、なりたいものは「哲学者」と決まった。
これ以外には、
一生、自分の時間を注ぎ込むのに価値あると思えるものは、
何ひとつも浮かばなかった。
●言うまでもなく、困ったことに、
「哲学者」なんていう職業は、存在しやしない。
そりゃ、どっかの大学で哲学を選考して、大学院で博士号でも取って、
てきとーな、過去の哲学史やと、哲学史について、知ったかぶりをして、
本でも書いたり、なんやかんやして、
さんまのテレビに出て、カワイイ加藤綾子アナに、
ギャグと皮肉混じりの哲学でも語って、視聴者にウケれば、
それも、職業になるのだろうが、
そもそも、私は、「哲学家」になりたかったのではなくて、
「哲学をしたかった」のである。
それならば、その道の途上で、倒れて死んでも本望というのが、その道だった。
●よって、政治家が「政治屋」と揶揄されるのと同じような、
商売としての「哲学屋」になどなるつもりはなかった。
「哲学をする人」「哲学をしたままで死ぬ人」になりたかったのであって、
それが、この世界で、はたして「職業足りえるかどうか」など、
そんなことは、私には、どうでもいいことであった。
●高校生のとき、そこで私は、
「人生の目標」を決めたのであって、
何も、なりたい「職種」を決めたわけではない。
実際、高校の卒業アルバムの、「将来の夢」の寄せ書きの中には、
『さまざまな宇宙を経験して旅する超哲学者』と明記されている。
ちなみに、宗教学者になるつもりは、毛頭なかった。
それは、あまりにも非知性的で、胡散臭すぎたからである。
知を標榜する哲学的姿勢とはあまりにもかけ離れていたのである。
*********
●そんなわけで、高校生時代の3年間は、
私は、かたっぱしから、「定義」のやり直しを試みた。
それまでやってきた絵画、そして高校生のころに出合った音楽について、
人間の意識、思考、記憶、そして、
芸術、世間の価値観、倫理感、善悪観念、ついでに宗教も、
手当たり次第、それを、自分が正しいだろうと思うまで、
「定義のやり直し」をすることに、時間の大半が費やされた。
当時のノートはもうないが、
書かれていたのは、膨大な量の思考内容のメモである。
その書き出しは、常にこうであった。
「●●●とは・・・・すなわち、」
言葉を「定義」する事とは、
あれこれの論議をする以前の「根底」をなす、
より普遍性を持つ「言葉の公式」を編み出すことに、他ならない。
*********
「ここの 世の中の場合」
●そういうわけで、私自身は、なりたい職業を決めたのではなく、
「したいこと」を決めた。
自分が、「人生の生涯を捧げてでも、したいこと」を決めたのである。
このあとは、社会で、食ってゆくために、何をするか、
時間をどう使うかも、すべて、その「したいと決めたこと」に沿って
組み立てられていった。
意図してそうなったこともあれば、自然にそうなったこともある。
●たとえば、恋愛ひとつにしても、
最期には、「恋愛と性の哲学」にまで落とし込むことが、私の目標だったので、
無駄な女性経験というものは、ただの一つもなかった。
また、それ以外で、出会う人々のすべても、
「私が哲学をする」ということに寄与しなかったような人は、
特に親しくなった人の中には、ほとんど誰もいなかった。
ただし、それは私が、片っ端から、誰を見ても哲学に結びつけた、
という意味ではなくて、
そのつど、私にとっての命題を与えるきっかけとなる人材と、
自然に出会えたという事である。
●あらゆるものは、その「私がやりたいこと」を明確にした「鍵」によって動き、
ほとんど、私の人生の、どこにもミスも無駄も、存在しなかった。
それがなされたのは、私が、「天職」だの、「なりたい職業」を
決めたからではなく、まず「やりたいこと」があり、
そのために職業を選択したからである。
生計を立てる仕事が何になるか、などは二の次である。
私の中で、唯一、優先されたのは、
「生涯、他人の評価になど全く関係なく、
自分に恥じない哲学者であること」
だったのである。
*********
●さて、ここで、私の周囲の「世の中」を、見てみるとこうなる。
ダグラス・アダムスの小説の中に、
宇宙における知的生物、または文明社会が辿る、
「3つの段階」というものが語られる。
それは、
>1/いかにして 食うか
>2/なぜ、食うか
>3/どこで 食うか
の3つのステップを、どこの宇宙文明も等しく辿るという。
(あくまでも小説のお話である)
●地球の人類の大半は、現在いまだに、
「1」の、いかにして食うか、に毎日の時間のほとんどを費やしている。
実は、紀元前にまで遡れば、
そんなことに、いちいち頭を使う必要もなかった、
温暖で、作物の豊かな地域の文明もあり、
それより、もっと遡れば、
私が、自我復元に、からめて言っているところの、
「積極的に苦痛を経験するツアー」の参加者もおり、
加えて、旅行者として地球を訪れた人々、
悪意ある実験のために、この惑星の人類を改悪した者たちなど、
少なくとも、食うことに日常の時間の大半を負われるほどの低脳な種族は、
かつての古代の地球には存在しなかったのである。
●しかし、現在は、増え続けた人口を、ただ食わせてゆくためだけに、
あまねく、全ての人々に、衣食住が提供されるようにと、
当初は「親切心と、助け合いの精神」から生まれたはずの、
物流、職業の専門家、そして、経済、そして紙幣の発明とその悪用を経て、
いまでは、私自身も含めて、世界の9割以上の人々は、
「どういう人生観をもってして生きるか??」
が先にあるのではなくて、
まず、自分と自分の家族が、
安定して、餌を食うための、代償としての労働をしなければ、
病気になったり、弱ったりして、「死ぬ」、
という「恐怖」が先に支配しており、
ここの世界での作業は、
自らの 「生き方」を 決める前に、まず生きろ、となってしまったのである。
しかし、これは、間違ってはいないだろうか?
●そもそもが、非肉体的な次元から、地球に降下して、
どこぞかの母親の「子宮という物件」と契約する前に、
私たちが、そこで契約したのは、
「食うために、何の仕事を、あくせくする事を選ぶか?」ではなくて、
「太陽系第3惑星・紀元前1000年型・人類経験サービス・契約書」の、
契約書の「第一項」は、
>「あなたは、あの惑星で、何を経験して、それを持参して帰還したいか」
だったはずである。
●そこで問われていたのは、
目的とした経験のための「手段」ではなくて、
それが最期に、自分に「もたらすだろうと、見込んでいる」、
>「成果」のことだ。
大リーグのイチローだって、何も彼は野球をしたくて生まれてきたのではない。
野球は、単なる、得たいもののための「手段」である。
岡本太郎は、何も「太陽の塔」や「明日の神話」を作りたくて、
または画家になりたくて、生まれたのではない。
彼が残した著作、撮った写真、作品、そして、その生き様を推測すれば、
彼は、「何かになる」のが目的ではなく、
「何かを経験する」のが目的であったことは明白だ。
●しかしながら、現在の地球、とくに、西暦1500年以後の
地球たるや、希釈自我の大量製造の結果、
もう、目もあてられないほど、
人類の、思考も、感情も、快楽追求への意志も、目的意識も、問題意識も、
何もかもが劣化してしまった。
これに関しては、何度も言うように、「原則として」は、
人類の側には、責任はない。
不運な事件に巻き込まれた、という責任はあるかもしれないが。
*********
●さて、現状の人類を見ると、前述したように、
楽をして、生活を便利にする事、そして平等さを目的として、
科学を発達させたにも関わらず、
その精神状態や、実際の生活状態としては、
古代の時期よりも逆行してしまい、
それは、文明の最初の「第一段階」であった、
「いかにして 食うか」にまで、「退化」してしまっている。
その歪んだ社会、
正しく言うと「そもそもの目的を忘却して自分の航路を見失った者たち」が
作り上げた、社会の中で、結果的に発生した、
「格差、差別、不平等」に対する、「不満」と「怒り」、
これらが、俗に言うところの、
1/建設的に見える「建前」を武装した「思想」となる場合もあり、
2/破壊的なテロの「口実」とされる場合もある。
いずれも場合も、その発端は、
「自分は、自由に食えない。これを、いかにするべきか?」
という、なんとも、しょぼい「唯物的な不満の産物」なのである。
●一方で、
毎日の餌と、衣食住に、どうにか不自由をしなくなった生活水準の者には、
今度は、さまざまな「心理苦」が発生するわけであり、
とりわけ、その中でも多いのが、
本サイトで扱ってきた、「虐待の連鎖によるトラウマ」の病理であるが、
これ自体が、もとを辿れば、
毒親が、その脅迫手段に使った唯一のものは、
「逆らうと、食わしてやらないぞ」
「ムカつくから、痛めつけてやる」だけであるが、
その根幹部分にまで、その本質を還元してしまうと、
これは、そもそもが、
>「いかにして 食うか」「食えないと困る」、
>という「恐怖」の副産物にすぎないことは明白すぎる事実だろう。
●すなわち、やれ、虐待だ、トラウマだ、ACだと言っても、
元を辿れば、
「弱肉強食の生存競争において生じた、
暴力と、脅迫(威嚇)と、恩着せと、搾取と、洗脳が」
若干の「屈折した進化」を遂げたのみである。
*********
●加えて、人類の場合には、
「空腹中枢」、つまり「不足感」を感じる中枢が、
食の満足だけでは、満たされないように「設計」をされていたことは、
既に、「無明庵」の多くの書物の中で、幾度も語られた通りである。
食(腹)を満足させても、次には、感情(胸)が餓える、
さらには、腹と胸に、餌を食わしても、今度は「脳」が餓える。
餓えれば当然のこととして、
その中枢が、欲しがり、中毒し、求める餌を、
休む事なく調達するか、他の生き物から搾取しなければならない。
故に、
腹の中は、年中満腹で、
母親からの愛情も、たっぷりで、
キレイなお姉さんも抱き放題だったし、
好きなだけ教育も受けられた、シッダールタでさえも、
「なんか、これ、ちゃうやろ? この人生って、キモくないか?!?」
となって、
あの世間知らずのボンボンが、出家ごっこをしてしまう始末である。
●ここまで、悲惨で、悲劇的で、滑稽で、
他の星系の「平均的な文化レベルの住人たち」から、
いくら哀れまれても、足りないほどに、惨めで、哀れで、
未発達な文化・文明の、この地球にいて、
よくもまー、
「地球は美しい」だの「人間の魂は進化する」だのと、
大ボラを言えたものである。
●まー、確かに、
自然環境を設計した「Bチーム」は、よくやったと思うが、
地球型三次元人類の、基本設計に携わった「Cグループ」あたりから、
どうも話は、おかしな方向へと転落していったのである。
この投稿の中ではなく、次回の投稿へと・・・続く。
●・●・●・●・●・●・●・●・●
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