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「分割自我復元」
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[300]
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★分割自我復元★その300☆ 最 重 要 ☆ ■ 【最重要の記事 であり かつ 役に立たない記事】
by:
鈴木崩残
2013/12/29(Sun)07:31:05
300番目の記念の「最重要投稿」
>後半に、「トラウマを掘った」と主張する【AC人格】
>を追加しました(14:00更新)
●実は、ちょうど大晦日か、元日に、桜の間を、300投稿目で飾りたい、
そんなことを、密かに、目論んでいたのですが、
大晦日を待つことなく、この記事を書くことになりました。
*********
●あらかじめ言いますと、
今年の終わり、特に11月から12月にかけては、
日増しに、桜の間の記事に出来ないようなメールが、
膨大に増えてゆきました。
また私も何人かの人には、私とのメールのやりとりは、
ブログに掲載しないことをお願いしました。
その最大の理由は、自我復元には、それぞれの人の位置があり、
ある人にとって重大な局面で、やりとりした非常にきわどい内容でも、
他の人にとっては、関係ないからです。
単に関係ないならば、掲載しても何も問題はないのですが、
読むことで、逆に、そのことが頭から離れずに、
自我復元や、トラウマ掘りの邪魔になることは確実となる、
そういう事例があまりにも増えたのです。
●特にそれが如実になったのは、マディアさんとのやりとりでした。
全自我に戻る、最後の局面での、
どの部分も、桜の間に出すことは出来ません。
同じくお姫ちゃんと私のやりとりも、表には出せない。
新子さんと、私のやりとりも、表には出せない。
とりわけ、マディアさん、そして天音さんと私のやり取りは、
非常に「微妙でデリケートな自我復元の問題」を扱っている。
だから、今回の記事をどう書くか、
これがまだ必要のない人も沢山いることは事実である。
しかし、それぞれの自我復元者の中で、
このことが明確に理解できている人が僅かにいるのは確かだとはいえ、
もしも何も書き記さねば、もっとも重要なことが、
自我復元という記録の中から、永久に失われる。
だから、とても注意深くしながら、書きます。
*********
発端は、
天音さんが見た次の「夢」の内容からでした。
「AC人格の棲む部屋」
崩残様へ
12月27日の朝、夢を見ました。
登場人物は最初は、私と、母と、元彼とで、
最後のシーンでは知らない人です。
・・・・
最初、私と、元彼と、母は、同じ家に住んでいました。
私と元彼は、付き合っているのか、同じ部屋に住んでいて、
同じ布団で寝ていました。
でも、私が、
「一人で寝たい。一人の部屋が欲しい。」と言ったことで、
元彼が、怒ったようで、
次に部屋に入ると、何にもなくなっていました。
「それ見て、何も思わない?俺がやってあげたんだよ。」
元彼は言いました。
私の部屋だと言われた部屋には、私用のものだと思われる、
布団が一組おいてありました。
「急に、一人がいいっていうから、大変だった。」
と、元彼はいい、私の母に、
「ね〜、あれどこ〜?」聞いたり、
「お前のせいで部屋の片づけが忙しいんだ」、
とでも言いたげな、態度で、
私は、それがうざくて、
「ここ、嫌だから出ていくね。ばいばーい。」
と、出て行こうとしました。
そうすると、元彼があわてて、母を呼びに行きました。
「どこ行くん?車で送ったるよ。」
と聞かれたので、
「ん〜?出ていくからいらない。」
と、部屋を出ました。
「途中まで送るから。」と、母が付いてきました。
外に出たら、面白いお庭があって、私はうれしくなって、
ぐんぐん走りました。
飛び石の上をぴょんぴょん飛び跳ねて、
走り回るのが楽しくて仕方ありませんでした。
後ろから、母が、
「早すぎるよ。そんな恰好で走り回ったらけがするよ。
待って。」
と言っているのですが、
楽しくて、それどころではなかったので、無視しました。
遊びながら出口に近づいてみたいで、
お庭から出ると、今度は噴水がありました。
その前で、知らない人が、楽器を演奏してました。
ピエロっぽい格好でした。
ラッパみたいな楽器でした。
その様子が、あんまり楽しそうだったので、
「私にもできる?やってみたい。」とその人に言いました。
そうすると、その人は私に、
「いいよ。はい。」といい、
どこからともなく持ってきた楽器をくれました。
後ろでは、母が、「行かないの?車だすよ」と、言ってましたが、
楽器に夢中になっていたら、いつの間にかいなくなってました。
ぜんぜん上手に吹けなかったけど、楽しかった。
ここで目が覚めました。
・・・・
お昼過ぎに、夢で楽器を吹いていたことを思い出して、
フルートを取り出しました。
いつもは力が入りすぎていて、ちゃんと鳴らせなかった音が、
今日は簡単になりました。
なんだ。そんな頑張ろうとしなくていいのか。
もっと、力抜いていいんだ。
ちゃんとやらなきゃ、上手にやらなきゃって、
ずーっと思ってたけど、そうじゃない。
下手とか、ダメとか、どうでもいい。
私が心地いいなら、何でもいいんだ。
上手に演奏するためには、無理しないといけないんだ、
って、ずっと思ってたけど、
ちゃんと鳴らさなきゃ と、さらに力が入って苦しかった。
楽に吹いていいんだ。
なんだ。そうだったのか。
と、フルートを吹いて思いました。
「私、今まで、全然、あなたのこと無視してた。
ごめんね。」
と、フルートに謝りました。
・・・・
(以下 割愛)
*********
以下、私からの返信です。
前半省略
*********
天音様
この夢がこの上もなく、重要なことを示唆している部分は、
「部屋」です。
部屋には、「母親」「元彼」というまさに
トラウマを負わせた主犯の犯人と、
AC人格を利用した元彼がいました。
(元彼も、母親も、きっとそれぞれにトラウマを持っていたのでしょう)
つまり、あの部屋は「AC人格の住まい」だったわけです。
そして、AC人格そのもののシンボルの、元彼がこう言います。
「お前が、この部屋で、一人になりたい、精神的に自立したい、
そういうから、俺様が片付けてやったんだぞ、大変だったんだぞ」と。
しかも、同じAC人格の部屋の中にいるあなたの母親に、なれなれしくしていて、
この二人は、同じAC人格のコンビです。
では、「布団」だけを残して、からっぽになった部屋というのは、
布団というのが、「自我復元をするための睡眠」のことですから、
自我復元作業ひとつだけを残して、あなたのAC人格の持ち物は、
すべて空っぽになった、ということを意味します。
そして、ここから、道が分かれます。
自分の部屋から、余計な人格の荷物をすべて捨てて、
からっぽになったのであれば、
そこは、天音さんの部屋なのですから、
「今日から、この部屋は私が使いたいように使います」
となったかもしれません。
しかし、夢によれば、あの部屋は、
もともと、AC人格である彼らが、天音さんに用意した
という話になっています。
つまり、あの部屋にいたら、
そこで、きれいになった自分の部屋を自由に使っても、
それは、結局は、天音さんが、
彼らAC人格の仲間のままであるということになります。
あの部屋は、部屋そのものが、AC人格が作った部屋で、
そこに住めるのは、AC人格だけなのです。
だから、元彼と母親がいたのです。
そして天音さんは、その部屋をうっとおしいと感じ、
出てゆきます。
それを引きとめようと、母親が、
「私の車(=私の力)をお前は必要とするはずだ」と
しつこく言ってきますが、
天音さんは、戦うでもなく、軽くあしらい、意に介さず先に進みます。
そして、庭園、噴水の先には、
あなたが楽しくなる世界と、音が待っていました。
そして楽しい出会いで、その夢は終わります。
なお、ピエロは夢の分析では、トリックスターといって、
トラップをしかける何かを意味する場合もありますが、
この夢の中のでは、その心配はありません。
むしろ、私から見ると、ラッパのような楽器というのは、
天音さんが、今回、生まれたことの理由やきっかけを
示唆しているところまで、表していると、私は解釈しています。
いずれにしても、AC人格の部屋を、
AC人格に片付けさせて、
片付けさせたのだから、そこに住むのでなくて、
その部屋自体を、「あなたが出て行った」ということ。
しかも出て行った先に、あなたの世界が広がっていたこと。
ここは、とても正確かつ、重要な夢の象徴です。
AC人格が、とっちらかした部屋を、
同じ、AC人格に、あなたは、片付けさせたのです。
実は、あなたが片付けたのではなくて、
AC人格、またはトラウマを負わせた記憶に向かって、
「おい、お前たちがやったことだから、お前たちが片付けろ」と、
あなたは命令してきたということです。
AC人格の正体に気づいたのは、あなた自身なのですが、
AC人格を、捨てて、片付けたのは、なんと、同じAC人格なのです。
そして、最後にAC人格はこういいます。
「おい、お前が、一人になりたい、ひとりで寝たいというから、
私が、こんなに苦労して、この部屋を全部片付けたんだぞ。
言ったとおりやってやったんだから、掃除した私に感謝して、
ここに残って、住めよ。」
つまり、確かにAC人格が抱え込んだ家具やゴミを、
他ならぬAC人格が、自分で片付けたのですが、
しかし、それは、あたかも、人が借り部屋から引っ越す時のように、
引っ越す前の部屋をきれいにからっぽにするのと同じで、
からっぽにした部屋に、あなたが住むのではないのです。
あなたは、その部屋を出てゆく旅人なのですから。
すると、とうぜん、後ろから、
その「AC人格しか住めない部屋」の住人が、
「おい、人に部屋を掃除させて、そのまま出てゆく気か?
なんて勝手な奴だ」、とか、
「送ってやるから」とか、いろいろ言って、あなたを引き止めて、
罠にかけようとします。
つまり、実は、AC人格を片付けたのは、同じAC人格であり、
実は、あなたの原主体は、AC人格に向かって、
たった一言、
「おい、お前、この部屋を片付けて、このゴミの山を捨ててこい」、
と言っただけだったのです。
それだけの力を、トラウマ掘りを始めた時点で、
既に、あなたの原主体は持っていたのです。
そして、このことは、他のすべての人達も同じです。
だからこそ、部屋がからっぽになり、
自分で作り出したゴミを捨てたら、
捨てた努力をしたAC人格にも、もう用はなく、
彼らが、あなたを引き込んだ、
そのAC人格用の部屋にも用はないのです。
ならば、もともと、AC人格の部屋は、
自分の部屋ではなかったのですから、
AC人格や、トラウマ掘りで、掃除したり、
またはAC人格に命令して、掃除させたりするといった、
そんな必要もなく、
勝手に、自分ひとりだけが、その部屋を出ればいいのではないか?
と、人は思うかもしれません。
しかし、人生のどこかで、
その部屋に入ってしまったのは、あなたなのです。
彼らと仲良くなってしまったのもあなたなのです。
あなたもまた、余計な家財道具を、彼らの意見を聞いて、
その部屋に持ち込んだのです。
あなたも、その部屋をゴミ屋敷にした「共犯者」だったのです。
ただし、貴女が、最後に気づくこと、気づいたことは、
その部屋は、あなたの住む部屋でもなく、
あなたの所有物でもなかった、
「借り部屋だった」ということです。
トラウマの痛みから逃げるために、緊急避難したはずの、その部屋が、
いつしか、あなたの部屋になり、そこに仲間がいるような錯覚をし、
あなたも、彼らと遊んでしまい、家具を買い込みました。
だから、原主体にとっては、
最初から、
「ここは私の借りた部屋ではない」といっているのですから、
原主体は、掃除なんか、全くしません。
ただし、そこに住む者に向かって、
「私は、ここを出てゆくから、
私に必要のないものは、片付けろ」と命令だけしたのです。
その部屋が意味するものは、
実は、単に「AC人格が棲むための、間借りしていた部屋」というだけではなく、
その人の「肉体や感情や思考」も意味します。
だから、AC人格専用の部屋だからといって、
ただ、「じゃー、出て行ってやる、見捨ててやる」、などとやっても、
結局は、自我や意識や感情が不全な状態では、
行く先の当てを見つける事も出来なくなり、
惨めな気持ちで、そのゴミの溢れる、AC人格用の、狭く汚い部屋に、
あなたは、戻ってしまうのです。
その部屋は、あなたの脳や、身体や感情や思考の「一部」なのですから、
そこを、すっきりした気分で去れるのは、
そこに自分が持ち込んだゴミが、さっぱりなくなっているのを
あなた自身の目で確認したときなのです。
そうでないと、その部屋を出てゆくときに、
あなたは、後ろを振り返ってしまいます。
これを分かりやすくいうと、
「自分でやったのだから、自分で片付けてゆきなさい」
つまり、賃貸契約で言うならば、「原状回復義務」です。
子供のあなたが、もしも、
オモチャをひっくり返して、部屋を散らかしたら、
「あなたがやったんだから、あなたが片付けなさい」と誰かに言われます。
唯一、この命令だけは、「正当な命令」です。
それが毒親の命令であってもです。
ただし、同じ部屋の、
「大人や、親が、暴れて汚したり壊してしまった部分」までは、
あなたは、それを片付ける義務はありません。
それは、彼らの仕事です(彼らは、一生絶対に、片付けませんが)
しかし、自分が、やった部分と、
自分が持ち込んだゴミだけは、
自分で片付けるべきです。
ただし、リフォーム番組のナレーションもどきに、
「まー、なんということでしょう、」と言いたくなるような、
パラドキシカルなことは、
そのAC人格というゴミを片付けるのは、
ゴミを溜め込んだAC人格本人であり、
原主体ではないのです。
原主体は、たったひとこと、
「AC人格のお前は、私を不幸にしたし、これからも不幸にする。
お前は、私を、ちっとも楽しませなかった。
だから、お前は、首だ。解雇だ。
だが、その前に、お前が買い込んだこのゴミの数々を、
お前自身が責任をとって、片付けて、捨てろ」
と命令したのみです。
それだけの、絶対的な権限を、
原主体は、すべての人の中で、あなた自身に対して、持っているのです。
そして、必死になってあなたのAC人格が、
自分でちらかした部屋を片付けると、
最後に、あなたの原主体はこういいます。
「はいよ。ご苦労さんだったね。
しかし、AC人格のあんたにも、もう用はないんだよ。
AC人格のあんたが、自分が散らかしたゴミを捨てたら、
あんたの役目も、そこまでだ。
私の人生に、あんたなど、いらない。
だから、もう私に、ついてくるな。
私も、あんたの部屋には、もう2度と住まない。
AC人格のあんたの住む部屋など、もう私には要らない。
*********
そうして、その、
「部屋そのもの」から、
天音さんは離れました。
この短い天音さんの見た「夢」のドラマが、
全く説明の必要などないほどに、暗示、説明しているのは、
AC人格が住む部屋というものが心の中にあり、
その部屋は、あなたの原主体にとっては、
まったく住むに値する部屋ではなく、
多くの場合、その部屋には、親、異性、
特に、あなたの祖父母にあたる「代々続く家系の家族」まで、ごったがえしており、
それは、文字通りAC人格の「巣窟」の部屋だということです。
なぜ、そんな部屋にうっかりあなたが、
幼少期または人生のある時期に、間借りしてしまったのか?
そのたったひとつの理由は、
「AC偽人格のところに転がりこめば、楽だと、麻痺できる
誤魔化すための行動が出来る」、
と、あなたが、そう勘違いしたためです。
その部屋を、とうとう天音さんは、出たのです。
出た先に、何が待っていたか、
何があなたを迎えてくれたか、
それが、今のあなたのすべてを物語っています。
崩残
*********
そして、このあと、いくつかのメールのやり取りがあるのですが、
天音さんからのメールの一部です。
アンケートのことは、べた褒めされた。
でも、それを望んでいた私がいます。
特に、不具合についてのたとえは、
自分でも会心の出来だと思いました。
その考えが浮かんだ時、
「お〜。しっくりくるたとえ浮かんだな〜!」
と、にやりとする私と、
「きっと、これで褒めてもらえるぞ。」
と、考える私と、
「そんなこと考えたら、ダメだ。褒めてもらえても、喜んじゃダメだぞ」
と考える私がいました。
でも、私は、その違和感を直視しようとはしませんでした。
お店で、自分の為に買った品物の件についてのメールを読んで、
考えました。
でも、
「どうすればいいか分からない。」
という結論にしか行きつかない時間が、過ぎました。
18:25
「我慢できる私はすごいんだ」
「他人のことを第一に考えて、行動できる私って、偉い人なんです。
清いんです。」
と、考えてしまうのはなぜか?
それは、私が、私のことを、
「汚れてる」「汚い」と思っているから。
「私、大丈夫です」って言い聞かせ続けているのも、
私が、自分のこと、汚れてると思ってるからだ。
汚いんだ、いやしいんだ、ダメなんだ。
だから、他人のことを考えて行動できる私になって、キレイになりたい。
エライって自分で思えるような自分になりたい。
ずっと、そういう動機で、行動している私がいる。
泣きたくても、学校でも家でも、泣けなかった。
でも、自我復元を始めてから、
そういう弱さを、率直に、他人に見せられない自分は、
なんてダメなんだろう。そう思った。
自分が思う、素晴らしい人になれれば、
私は汚れていない。きれいな私になれる。
だから、頑張る。
そういう、現実逃避をずっとしてきたし、今もしてる。
他人に迷惑をかけて生きている、
父や、母のようにはなりたくなかった。
でも、なりたくない ともがくほど、
私は自分のことを、「汚い」と言ってしまってる。
自分のことを「汚い」と思った、
最初の出来事は、何だった・・・?
それは、あの、事件の時からだ。
私は、あの時、自分のことを、
「汚れた人間だ」と、レッテルを貼った。
1:こんな汚い私なんかどうなってもいい。
2:こんな汚い私をどうにかきれいにしたい。
そういうAC人格が生まれたのは、あの時からだ。
いや、どっちも違う。
私は、汚れてなんかない・・・って思いたい。
でも、今の今まで、「私は汚いからきれいになりたい」って、
自分のことを卑下しているじぶんの人格に気が付かなかった。
そして、その人格が、今、この文章を書いている。
体が重い。
・・・・
中略
私にとって、あの事件は、本当に大きな事件だった。
自分のことが、「汚いんだ」って、あの時から、怯えてる私がいる。
私は汚い。
でも絶対にきれいになってやる。
それが、私の復讐になる。
そうやって、ずーっと「汚い」ということを、
何とかしようともがいていたけど、
その、もがいている私こそが、
「私は汚い」ということを、言い続けている。
この私がいたからこそ、トラウマが掘れた。
でも、この私も、トラウマから生まれた人格だった。
さよならしたいのに、
どうしたらいいのか、分からない。
・・・・
私が、私に「それは絶対に言ってはいけない」と
言い聞かせていたことが見つかった。
私は、
「**********」と、ずっと自分に言い聞かせてきた。
中略
でも、もともとの私の言うことは、
嫌なことは嫌。
好きなことは好き。
という、当たり前のことばかりだ。
なら、私は、その私に、従いたい。
******************
ここで、
少し、間があり、
次のようなメールがきました。
崩残様へ
2013年の総括の記事をさっきアップしました。
本当は、明日、腰を据えて、しっかり書こうと思っていたのですが、
桜の間の、
>天音さんの、今年の総括、楽しみにしています。
の、一言に、ぶはっと、苦笑して、
私の中の、何かが、吹っ切れました。
「何も、掲示板で、かかなくてもいいじゃん〜〜〜!
超、プレッシャーだよ(笑)
タイミングよすぎる意地悪だな〜(笑)」
と、笑い出した、私に、
私自身がびっくりしました。
ああ。私が、探してた私って、これだ。
と、あの記事を書きながら思いました。
で、そこで止めておくつもりだったのですが、
気が付いたら、総括の文章も書いてました。
今までの私には、ありえないような、
バラバラとした文章のように見えますが、
いちいち、文体を整えたり、文章量調整するのがめんどくさいし、
必要を感じないから、やりたくない
と、思ったので、そのまま載せました。
腰を据えて、しっかり書こう とするのは、
「キッチリしたものを書かないと、ダメだ。
他人様に、どこから見られても、大丈夫なように書かないと。」
と、するAC人格の考えだなと、今は思います。
総括って、自分のために書くものだって、崩残さん言ってたのに、
この私は、全くわかってなかった。
この年末は、笑い出した私と一緒に過ごそうと思います。
天音
*********
その「総括」は、ここにあります。
↓
http://love3nyansfukugen.blog.fc2.com/blog-entry-80.html
これに対する私の返信は、こうでした。
*********
天音 様
こんなに、胸に何のつかえもなく読めた天音さんの記事は、
これが「初めて」でした。
たぶん、天音さんの言葉や文を、約9年間、見てきて、
初めてのことです。
まったく、どこにも、ひっかかりを感じませんでした。
人間は、こういう文章がかけるようにまでなるんだと、
しみじみ、ほっこりしました。
私は今までに、何度も天音さんの報告やブログで涙が流れました。
また、困ったなーと、頭をかかえて悩むことも、本当に沢山ありました。
しかし、今回の総括は、
私は、はじめて、少し微笑みながら、
本当に気を楽にして、読むことが出来ました。
それは、大きな感激でもなく、大きな驚きでもありません。
当たり前に、読めたのです。
(大きな驚きであったのは、むしろひとつ前の
「神経のたとえの天音さんの文」でしたが)
しかし、全く普通に、当たり前に読めたこと、
そのことこそが、もっとも大きな変化でした。
>> この年末は、笑い出した私と一緒に過ごそうと思います。
それです。
私が天音さんの中に見たかったのは。
私よりも、誰よりも、
天音さん自身が、見たかったもののはずですから。
*********
見つけようとするのでもなく、
見つけようとしたのでもなく、
見つけたふりをするのでもなく、
見つけたのか?と悩むこともなく、
とうとう、天音さんは、
それに、なったのですから。
______________________________
「トラウマを掘った」
と主張する【AC人格】
もう一度要点を言いますと、
最初にまずトラウマを思い出し、
AC人格を見つけていったとします。
すると、そこに見えてくるのは、親の代から続いてきた
色々な強迫観念、コンプレックス、代理復讐の連鎖だとわかります。
そうした作業をどんどん進めてゆくうちに、
あなたは
「よし、これでトラウマは掘れている。AC人格もほとんど見破ったぞ」
そう、思うに至ります。
ところがこの時に、AC人格は掘られて分析される側の人格から、
するりと巧妙に掘る側に移動しているのです。
まるで、悪霊が、知らないうちに、すぐ横にいる別の人間に憑依するようにです。
もっと言えば、
悪魔祓いをしている、神父の中に憑依して隠れ込んだかのような状態です。
すると、今度はトラウマを掘っている側にAC人格は自己同化をします。
この時にトラウマを掘っているAC人格は、
あなたの親の代から続いている歪みに起因するAC人格ではありません。
正しく言うと、そのAC人格が「姿を変えただけ」のものです。
そのAC人格の名前は【無明庵人格】です。
なぜこれを【無明庵人格】と名づけるかというと、
あなたの親はあなたに「トラウマを掘れ」とか「親との関係を分析しなさい」
「あなたの祖父母を調べなさい」などと言うはずはないからです。
だから、AC人格に新たに与えられたこの『無明庵格言』は
毒親があなたに与えたチープな格言にすり替わって、新たなる
あなたの強迫観念となります。
しかしこれと全く同じことが、
あなたがカルト集団から気楽なカルチャーセンターに関わる時に、
頻繁に起きています。
つまりあなたのAC人格は自分を「すごい」または「捨てたもんじゃない」
あるいは、天音さんのように
「ちゃんとできている。」と主張できる【新たな立ち位置】を
手に入れたことになります。
ここで、注意して欲しいのは、だからといって、トラウマ掘りを止めてはいけません。
AC人格を掘れるのは、同じAC人格であり、AC人格を捨てる義務があるのは、
同じAC人格だからです。
だから、仮に
「自分を掘っているこれも、AC人格ではないか?」と疑ったとしても、
事実、掘っているのは、AC人格に他なりません。
ですから、そのまま掘らせればいいのです。
掘る手を決して止めてはなりません。
この掘っている側のAC人格は、掘っている時には、
「自分は無明庵の言った通りにできている」または「やっているんだ。」
というAC人格です。
しかし、やがてほとんどのトラウマと、AC人格を掘りつくすと、
その手柄を主張する【無明庵人格】なるものが残り、
天音さんの夢に出てきた、元彼のようなことを、ささやき始めます。
つまり、AC人格は、
掘られる側から掘った側に「乗り込んだ」わけです。
この最後に残る、掘った側にしがみついているAC人格をにらみつけた時、
つまり、それに気付いた時、正にその時に、あなたは、
そのAC人格と違う【立ち位置】に存在していることになります。
これが、天音さんの夢が示唆していることのすべてです。
以上です。
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