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「分割自我復元」
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[31]
■
★分割自我復元★その30★
by:
鈴木崩残
2011/08/08(Mon)07:23:08
ツイッターで更新情報のお知らせ
■下記のアドレスで、更新情報やおすすめの過去ログをリンクしてあります
↓
http://twitter.com/#!/mumyouankoushin
________________________________________________________________
>文末に「大学で起きやすいイジメ」について追加しました。
見下された人達の精神の歪み
●「他人よりも優位に立ちたい」という多くの人間が持つ動機が、
動物としての生存本能に由来する自然なもの(正当なもの)であるのかどうか、
という疑問は、いったんおいておいて、
人間という種がそうなってしまう大きな原因のひとつに、
「他人から見下された」という経験があるようである。
梅の間(無明庵)の読者の人達の中にも、
良い意味で(平凡という意味ではなく)ごく普通の両親の中で
すくすくと育った人もいますし、
逆に、ほとんど虐待と断定できる環境の中で育った人たちもいて、
その両極の間に、さまざまな「程度」のグラデーションがあります。
●たとえば、幼少期ではなくとも、読者の皆さんの中には、
次のようなシチュエーションで他人から「見下された」経験を
持つ人が多いと思います。
・自分の親から見下された。
・自分の兄弟姉妹から見下された。
・自分の先生から見下された。
・自分の友達や、他の生徒から見下された。
・自分の会社で同僚から見下された。
・自分の上司に見下された。
・自分の夫や妻から見下された。
・自分の子供から見下された。
・自分の知らない人間から街角や店で見下された。
おおむね、このようなシチュエーションでしょう。
これらのうち、どれとどれをあなたが経験したか、
よく思い出して見てください。
このうちのどれが、その後の生育に影響するかと言えば、
むろん、家庭内のものです。
●また、世の中には、見下すのではなく、単に相手の人が、
仕事などを教えるときに、厳しく接しているのを見下していると
勘違いをしてしまう人たちもいますが、これは人生経験のなさが原因です。
●こうした、他者から見下された経験または、見下されたと思い込む経験を
必要以上に持ちすぎた人達は、その後、何種類かの道を選択します。
ちなみに、普通の神経をしている人は、見下されても、
一時的には嫌悪感を持っても、特に、たいして意に介しません。
しかし、幼少期に、それで精神的に歪んでしまった人達の取る道は、
1−ひとつは、見下した相手、または社会に対して、
「正攻法」でリベンジを果たそうとするタイプの者。
これは勉強やスポーツで馬鹿にされたのならば、
勉強やスポーツでリベンジするという方法です。
(この正攻法は、「比較的健全」ではあるのですが、
全自我から見れば、やはり、ゆがんでいます。
たとえば、プロのスポーツ選手にも、二種類います。
誰か個人を、執拗にライバル視する者。
もうひとつは、記録を打ち立てることにしか興味のない者)
2−相手と同じ土俵でリベンジ出来ない場合に、
「別のこと」で、屈折をしたリベンジしようとするタイプで、
上手くいけば、別の才能開花にもなるのですが、
「下手をすると」宗教や精神世界にいる人達のほとんどが、
これになっています。
3−最悪のリベンジは、他者への犯罪(殺人や暴力やストーカー)
というタイプです。
4−引きこもって、リベンジすらしない。
(ただし、このタイプは、単に現実逃避して、抑圧しているだけなので、
いつでも「3や2」になる可能性を持ち続けています。)
●ところで、私よりも15年か20年ほど遅く生まれた人達の環境というのは、
私の時代とはかなり違っているようである。
私の時代には、学校での「集団的いじめ」などは、皆無でしたし、
社会に出て会社に行っても、社員に対しては、最低限の礼儀ぐらいあったものです。
(平たく言うと、当時は企業がまだ社員を大切していた)
幸運なのか、当たり前の事なのであるかは不明だが、
私個人は、子供のときから、現在まで、見下されたという経験を持ったことがない。
ただしそれは何も私が特別に何かに優れていたからではなく、
単に、周囲の社会全体がそうだったのである。
●また、見下すというときには、「見下す側」に2種類の人種がいることが
観察される。
1−ひとつは、事実に基づいて、あなたを見下す者。
例えば、何かの実力において、明らかに貴方が敗者であるときに、
相手が優位性をあなたに誇示して貴方を見下すというパターンである。
2−もうひとつは、「不当な見下し方」だが、
この中には、さらに二種類の「見下し方」が存在する。
A−
ひとつは、たとえば、本来は「当然の義務」であるものなのに、
それで相手を威圧するケース。
この典型的なケースが、家族や妻に対して、「俺が食わせてやっている」
とのたまう、旦那である。
それが嫌ならば、結婚したり家庭を持たねばいいのであるから、
これは不当な「見下し」に分類される。
B−
次に、代表的な例が「朝鮮人」なのであるが、
これは、実力もないのに「日本を馬鹿にする朝鮮人」という構図である。
まったくの脳内妄想で、自分の方が優位にあると思い込む、
この「朝鮮人病」ともいえるものは、根拠なく相手を見下す行為であり、
また、その行為の中には、そもそも、そこには、その者の虚栄と嘘があり、
実は、相手には、全くかなわないことを、うすうす自覚しての見下しであるので、
これも、不当で、全く筋の通らない「脳内妄想による見下し」である。
もしも以上の、二種類の、勘違い系の「見下し」をあなたが誰かから受けても、
気にする必要は全く無い。
軽く実力を見せ付けて、火病を起させて放置しておくか、または、
単に相手を馬鹿だと思って無視するか、縁を切ればよい。
____________________________
●話は少し戻りますが、私はこれまで生きてきて、
不当で、全く価値のない見下しは論外として、ほっておくとして、
実際に、何かの実力において劣っているために、他者から見下された経験があるかどうか
ということを自問すると、実は全くそれがありませんでした。
この手の分析法の重要性というものは、ずっと以前に竹の間に書きましたが、
数年周期で、私は行ってきました。
最初に行ったのは、20歳のころで、社会に出る前には、
自分自身が歪んだものを持っていては、社会的にも迷惑であると思い、
生まれたときからの記憶を可能な限り思い出し、分析を進めていった。
これには数日かかります。
そして数年すると、もう一度、生まれた時の最初から現在までをまた全部思い出し、
書き出して、問題がある箇所はないのかを徹底的に調べ尽くします。
なぜ、これを数年(たとえば8年周期などで)何度も行うかといいますと、
人生の中で、その後、20代の後半になって起きた事象を手がかりにしたらば、
それまでは思い出さなかった、子供の時の記憶を思い出すということが
希に、あるからです。
ほとんどの場合には、最初に、20歳のころであれば、それ以前の記憶は、
思い出せるはずなのですが、トラウマなどを持っている人の場合には、
結婚して家庭を持ったり、中年になって、はじめて「何かの問題が起きて、
そこで思い出したらば、子供の頃に問題があった」と気づく人もいるからです。
これを回避するために、私は数年おきに、一から総ざらい、すべてを
書き出して、分析をしました。
●そこで、たとえば、誰かから見下された経験はあったかを観察すると、
小学生の時には、むろん自分よりも体力のある上級生に、
多少は痛めつけられたり、ケンカをしたとしても、
単に、それは、子供同士の体力差によるものであり、
相手も別に、「見下す」ということはしませんでした。
(その子供たちの動機を見ると、必死に相手を見下すのが目的ではなくて、
「弱いものイジメをしてみたかった」という種類のものだったと言えます。
むろん、「親の教育が悪い」からそうなるのですが。)
●次に中学、高校時代ですが、私は私立の男子校でした。
私のところは、恐ろしく荒れた不良校というわけではありませんでしたが、
自他ともに認める、立派な「プチ不良校」ではあったので、
他人を馬鹿にするにも全員が、不良ですから、
同級生を馬鹿にする資格など「お互いにない」ということを知っていました。
また実に奇妙なことに、優等生と不良とが、対立することもなく、
面白おかしく、ひとつの教室の中で、仲良くやっていけていたのです。
よくメディアでも言われるように、
当時の学校には、からかい程度のことはあっても、イジメなど皆無でした。
●大学は私自身が、美大に行ったせいもあり、のんびりとしたものだったのですが、
そうではなくて、普通の文系、理系の大学でも、
その時期というのは、受験戦争から脱して、ほっとしており、
年頃からしても、恋愛に夢中でしょうから、
大学でイジメがあるというのは、今でも、あまり聞きません。
恋愛とか、三角関係とか、対人関係ではトラブルもあるでしょうが、
大学の次は、就職ですから、各自、「自分のことで手一杯」で、
集団で一人をイジメている、そんな余裕はないと思います。
●さて、次に社会に出て、アルバイトや会社に勤めますと、
私の場合には、アルバイト先の社員は、教え込むことにおいては、
どえらく厳しかったですが、おかげで仕事はどんどん覚えましたし、
たとえ、罵声をあびせられても、すべて仕事を覚えさせるため、
ということは、明らかでした。
ですから、それらを「自分を見下した」と感じたことは一度もありません。
しかし、最近は、どうも、仕事を覚えさせるために怒鳴っているのに、
それを見下されたと勘違いするような、希釈自我の人達や、
逆に、実は仕事を覚えさせるためではなく、単に
「部下を八つ当たりの道具にする上司」といった、
希釈自我も、そこらじゅうに蔓延しているようで、
そうなると、もう、救いようがありません。
●そして十数年、いくつかの異なる会社でサラリーマンというものをやってみましたが、
最初に書きましたように、当時は、まだバブルが弾ける前、
そして弾けた直後ぐらいだったので、会社側も、社員を多少は大切にする
という「社会風習」がまだありましたので、今のように(その後のように)、
冷酷に、理不尽に首切りをするということはありませんでした。
また会社というのは、そもそも、仕事をしに行くところですから、
そんなところで、他人を見下しているような暇人はほとんどいませんでした。
問題になるとしたら、他人の足を引っ張るような仕事をしている人に対しては、
意見をするとか、ミーティングで経営や営業の問題について討論し、
その時に、誰かをやりだまに上げる、ということは、ありましたが、
それも、最後には、その結果が、「各社員に還元される」給与に響くものであるので、
経営と仕事の為にそうするのであって、
心理的な歪みから、誰かをイジめるといった、
今のような歪んだ社会は、そこにはありませんでした。
●思い返せば、ぎりぎりで、まだ良識のある学校生活や社会で
人生経験の重要な時期を過ごせたことは、強いて、今の社会と比べれば、
私は、幸運だったのかもしれません。
あるいは、もともと、私は、そういう環境を選んで、
誕生時期を決めてきたのだと思います。
というのも、もしも、もう数十年早い時期に生まれていますと、
戦争で徴兵に行っていたでしょうから、そうなると軍隊の中では、
「見下し」という行為は、当たり前のようにまかり通っていたと思います。
●そのように、私の育った時代、
私が人間経験を楽しむのに重要だった時期は、
他人から見下された記憶が、私には全くありませんが、
どうも、皆さんからのメールや、過去20年の社会情勢を見ると、
昨今の家庭や、学校や、会社組織というのは、目も当たられないほど、
「幼稚で馬鹿で、性格が捻じ曲がった人達の集団」と化しているようですね。
_____________________________
●さて、以上のように、他人が貴方のことを「見下す」場合、
あなたが、他人から「見下される」場合には、数種類のパターンがあり、
同じ実力の土俵で、見下されても、それを受け入れるしかない場合もある一方では、
全く不当で論外の、見下し(既に言ったように、根拠のない見下し)を
受けることもあるでしょう。
しかし、その中でも、家族の誰かや、他者から見下されたからといって、
それが「見下し返すために、相手よりも優位になってやろう」となる人と「そうはならない人」がいます。
どういう理由であれ、相手よりも優位になろうとして、それによって、
「見下されることを回避しようとする」のは、明確に「希釈自我」の特性です。
というのも、全自我は、
そんなことには全く意味も価値も感じないからです。
全自我にとっては、
「自分がしたいことを、今自分は出来ているのか?」ということだけが、
最重要な課題なのであって、他者など二次的・三次的なものです。
全自我の人にとって問題になる他者とは、
不当に邪魔をする者、卑怯な者、不正行為をする者、頭の狂った者、
そうした者による実害を受けたときには、
「汚物処理」の一環として、単に「処理」「排除」するだけです。
●私個人は、前述したように、他人から見下されることはありませんでした。
逆に、褒められることは多かったのですが、
ほめられても、ただの一度も「嬉しかった」ことがありません。
子供の時でさえも、他人から褒められて嬉しい、ということは、
ただの一度もありませんでした。
「自分が自分に満足できた時」以外には、私が喜ぶということは、
全くありませんでした。
自分で自分にニヤリとする、それ以外の喜びは、私には無意味でした。
●また、現実とは異なることで褒められたり、(過剰評価)や、
私がまったく興味もないことで褒められても、
そんなことに共感する理由もありませんでした。
逆に、私と異なる意見、見方で、私を間違って褒めることは、
実に、不愉快なことでした。
また、私という人格や、持つ技量について、何を褒められても、
私は全く嬉しさを感じたことはありません。
それがたとえ事実であってもです。
また、もしも、事実よりも過大評価や誤認をすると、
「それはあなたの誤認だ」、と怒りさえしました。
●私が最も喜ばしくて「にやり」とする感情を持つ、唯一の瞬間は、
「私自身が納得のできる状態」に自分がある場合のみであり、
その次に、「やや」ですが、嬉しいのは、
他人と同一の「論理」「概念」「感覚」などを共有できた場合です。
これは何も、私が他人から理解されたことが嬉しいのでは全くなく、
その(たとえば、科学や哲学上の)「概念」「理論」または「感覚」
そのものが、私以外の人間によっても理解されているという、
それが嬉しいのです。
たとえば、反原発というのは、誰かのキャラクターや人格ではありません。
それは意志または理念や理想です。
その「まっとうな理念が」認められるのが嬉しいのであって、
その理念を言っている「私」や「誰か」が嬉しがるものではありません。
ですから、まっとうで、まともな科学者の多くは、
自分よりも理念や理論や概念を大切にします。
その結果として、自分個人がどう思われようが、関係ないのです。
●一方で、歪んだ精神状態の人達にとっては、
「その人が、見下されず、褒められたい、評価されたい」というものばかりが、
精神状態の中で先行しているのを、明確に見ることが出来ます。
こういうタイプの人達が、今日まで、
宗教、魔術、科学、技術、芸術、その他あらゆる分野を「汚し続けた」
希釈自我たちです。
こうなると、科学や芸術や宗教のためではなく、
それらを「自分が評価される為に、悪用する」ということが起きます。
それは、私に言わせれば、「犯罪的」ですらあります。
その結果として、
純粋にその「道自体」を極めようすれば、当然のこととして、
保たれるはずの冷静さや、中立性が彼らの中では崩れ去ってしまいます。
その結果、そういう人達とは、論議できませし、話にもなりませんし、
その人達は、生活の中でも、やらなくて良いことをやり、
いわなくて良いことを、言い続けて、自分の首を絞めているのに、
それをすべて他人のせいにしています。
____________________________
●余談ですが、今日まで、私は、数種類の分野を手がけてみましたが、
どれも、その分野において、研究され尽くしていないものが、そこにあったからでした。
・悟りという精神状態が知的生物の内部で起きる、
その正確な「構造的原理」と宇宙との関係の研究
・調べつくされていないセックスの可能性と技法と理論の研究
・手裏剣術という、ほとんど未開・未研究のままに、
武術史の中に亡霊のように取り残されていた分野
・そして、分割自我理論と復元法
いずれも、その「分野」に対して貢献することが私の目的であって、
それに貢献した私自身は、何ひとつも評価などされる必要がありません。
問題は、そのマニュアルが、多くの人達によって、
正しく使われるて、生かされるかどうか?だけです。
それもある意味では、人のためというよりも、
その論理を証明するためであるという点では、
私にとっては「人よりも理論が大切」なのです。
なぜならば、人の、精神や感情や、言動を動かしているのは、
その背景にある理論と法則だからです。
人は、法則によって拘束されますが、
人が法則を作るのではありませんから。
もしも人が法則をつくるのであれば、
私は法則よりも人を重視します。
しかし、「現在のこの次元の宇宙」では、常に「先に法則ありき」です。
___________________________
●昨今の社会との違いの比較の為に出した話がだいぶ脱線し、
私個人の話になりましたので、論旨を戻しますが、
あなたが、たとえ実力において、相手よりも1%すぐれていたとか
(たとえば、100メートルを僅かな差でゴールしたとか)
あるいは相手の成績が、40点で、あなたが90点だったとして、
そんな局面で、相手を見下して、何かが面白いとあなたが感じたらば、
あなたは、とっくに、精神病です。
よほど、あなたは「他者から見下される屈辱に、耐えられない人生」を
送ってきたということになります。
また、他人から褒められた時に、それがあなたが認識しているのと
「同じ認識」を相手がしたから、という理由で喜ぶのは、かまいませんが、
身の丈も自覚せずに、
自分の「自己評価とは異なること」で他人から褒められて
それで喜ぶようであれば、それもまた精神病の一種です。
●既に言ったように、世の中には、
仕事や理論や、状況の事実関係を「教え込む」ために、
理解が遅かったり、身勝手な解釈をする者には、非常に厳しく接するということはあります。
なぜ厳しく接するかといえば、その理解の遅さや、身勝手な解釈で、
結局損をする、痛い思いをするのは、その人(主に生徒や社員)だからです。
こういう場合の厳しさは、利他的なものです
(ただし利他的であるかのように「偽装する偽善者」もいるので要注意です。
テレビCMの「あなたの為だから・・・」がその典型です。)
しかし、真にそれが教育目的なのであれば、それは見下しではありませんので、
そのような局面で、相手に対して、「優しく接することを期待」したり、
「優しく接しない相手が悪い」などと言い出したら、
あなたはとっくに、精神病です。
●そして、皆さんが、世の中や社会で生きてゆくときには、
「本物の見下し」というものがこの世界にはありますが、そこには、
事実に基づく見下しと、
事実に基づかない、脳内妄想による、見下しとかあることに、
注意してください。
そして、
見下す立場、
見下される立場、
そのどちらに位置することになっても、
必ず、その原因となるものが、自分の今までの人生の中にあったかないか、
それはどのような、思考や感情の癖を自分に植え付けたのか、
くれぐれも、時間と日数をかけて、自己解析してください。
●むろん、これは今、自我復元をしている人達に必ずしも必要なことではありません。
また、自我復元をしていない人は、やっても出来ませんし、何も解決も出来ません。
これゆえに、私は現存する心理学、精神医学、瞑想などを、すべて
「希釈自我には無効」と断定しました。
●そして、過去を洗いざらい解析すべき人は、
自我復元をしている人の中でも、
今現在のその人の「自我率」のときが、
それをするのに「適している場合のみ」であり、
また、今、その人を取り巻いている「状況」が、
過去の分析をするのに「最も適した時期」にあるという場合のみです。
___________________________________________________________
大学でのイジメの一例
●読者の方から、大学で経験したイジメについてのメールを戴きましたが、
基本的には、これは本論の「見下し」問題の分析とは、関係はありません。
単に、大学にはその時期に独特のイジメもあるという例です。
↓
私の経験では、大学でも相変わらずいじめはあります。
ただ、中学や高校のそれとは違ってくるようでわかりにくいのですが。
http://www.ask.or.jp/ikkialhara.html
このような形でいじめの精神は、いまだに形を変えて健在のようです。
私も一時期、25年位前ですが、大学時代に、
テニスとスキーのサークルに所属していたことがあるのですが、
そこでの定例飲み会は恐怖でした。
そこの先輩が、「俺たちはただのサークルだから飲みも甘いが、
体育会スキー部やOXゼミの飲み会は地獄なんだぞ」とか言いながら、
後輩に飲ませてました。
後輩に一気飲みをさせるための歌もありました。
つぶれてそこらに寝ている人たちがいましたけれど、
周りによく死人が出なかったなと思いましたが、
上記のサイトでは死に至った例も出ています。
http://www.ask.or.jp/ikkialhara_inochi.html
楽しい宴会と言う感じではなく、先輩と称する人たちが、
後輩につぶれるまで酒を飲ませる会でした。
今でも、一気強制や宴会から集団婦女暴行に発展したりするケースもあるようなので、
サークルの飲み会の本質は変わってないようです。
私は酒は嫌いでしたので逃げ回っていましたので、先輩からは嫌われてましたし、
サークルもつまらなかったので出なくなってしまいました。
今から考えれば、あの時進められるままに飲んでいたら、
過剰摂取で死んでいたかもしれません。
大学で飲酒強制と言う形に変貌したいじめは、社会に出ても続いていくようです。
宴会への半ば強制参加、飲めない人を馬鹿にしたり、無理に飲ませたりと言う話は、
回復中のアルコール中毒の人たちからよく聞いていましたし、
どのようにしてそれを避けて断酒を継続させていくかというのは議論されていました。
あのころ周りにいた外国人も日本企業の宴会や飲み会を不思議がっていました。
いまではアルハラという言葉がありますが、あのころは「先輩のしごき」という表現でした。
酒を飲むのが、何の訓練になるのかいまでもさっぱりわかりません。
それでは失礼します。
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