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■
◆ネット情報の弊害
by:
ほ・う・ざん・
2005/03/26(Sat)08:14:56
【依存症の拡大と航路の喪失】
●私が、極端に本を読まない人間であることは、
何度か話したことがあります。
その最大の理由は、私は何事も、まず体験ありきで、
それについて、どうしても何かを知りたいと思った場合にのみ、
必要最低限の本を読むということしかしないからです。
これは10代のときから今も変わりありません。
私の周囲には本を読む人たちも沢山いましたが、
彼らにはいつも違和感がありました。
出て来る言葉にオリジナリティーが欠落しすぎているからです。
ネットと比較して本の重要性を私は最近語っていますし、
その魔力も知っていますが、同時に、人類最初の情報依存症が
本から始まったことも確かです。
だから、私はマニュアル本しか書きませんし、
専門書しか書きませんし、無明庵で出してきた本も
それを必要とする人にだけ、向けたものばかりであるわけです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、本の次に人間を依存させたのは、テレビです。
その次がゲーム、
そして、パソコン、
最後に携帯です。
これらがなぜ依存になりやすいかといえば、
それが、テレビのように一方的に受動的であるか、それとも、
参加という能動性を持っているかいないかに一切関わらず、
それが、人の思考、特にとりとめもない「雑念の構造」と
極めて似ているからです。
ネット自体が、商業用サイトと、辞書的ツールを除いては、
それをひとつの脳にたとえると、
巨大な雑念、妄想と、おしゃべりの垂れ流しの神経網と化しているわけで、
よくも悪くも、ネットは確実に、ほとんどの人にとっては、
「現実逃避」となります。
重苦しい日々の労働や、家事からいっとき、離れて、
たわいもない、おしゃべりを、気休めにする、という動機で
ネットをやっている人がほとんどのはずです。
ところが、それというのは、わざわざ大切な時間を無駄にしてまで、
余計な思考の材料を拾いこんでいるようなものです。
夜中に、起きてひとりで妄想したり、我を忘れるほどに
もんもんと、雑念と夢想にのめりこんでいるのと大差ありません。
ただ、それを手伝う外部の他人の言葉がそこにあるというだけで。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
であれば、むしろ、夜中に、何もなしに、
ひとりで妄想する方が、遙かに健全です。
ためしに、たった今から、パソコンを切って、
夜中に、あるいは昼間に、
ひとりで自分の過去、
自分の現在、
自分の未来をどう生きて行くかでも妄想した方がマシです。
同じ妄想と雑念であってもです。
少なくとも、ネットとか、テレビとかゲームと携帯とかを
やめて、夜中に、一人で部屋の空間とじっと向き合っていれば、
何が人にとって、正常な状態であるかは、
どんな人にもわかるはずです。
人にとって、正常な状態とは、すなわち、
「世界」と「自分」と「その接点」の3点が、
常に意識されているという状態、
つまりは、
「不安を伴う存在感を励起した状態」こそが「正常」である、
ということです。
別に「普遍的な虚無の充満」の自覚がそこになければいけない」
などとは言いません。
しかし、最低限、この微細な違和感、
微細な不安をもっているということが、
実は、生命や思考のいろいろな機能を正常にしているのにも
かかわらず、その意識を完全に阻害してしまうのが、
ネット、携帯、ゲーム、テレビ、そして本です。むろん酒や薬物も。
つまり、情報ツール、または、
ある特定の種類の(五感的でない)娯楽(ゲームやパチンコ)です。
もしも強引に分類したければ、中毒性のある娯楽とそうでないもの
と分けてもいいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ネット、携帯メール、テレビ、本(娯楽本)、これらは確実に、
人生のもっとも大きな資産である、「時間」を無駄にする
原因となります。
「適度であることが必要」という点から、これらに自分で
厳しい制限を出来る人間であればいいのですが、
ほとんどの人は、自己制限を出来ず、時間を無駄にします。
時間だけが無駄になるのであれば、まだしも、
思考や意識の状態は確実に、どんどん加速的に狂います。
本は、娯楽本である小説や漫画は、まだ比較的無害ですが、
それでも、あまり必要ないかもしれません。
専門書であっても「自分に必要もないものを読みすぎる人」も
かなり多くいます。
テレビも、映画なども適度ならいいのですが。
そして音楽も同じです。
つまりは、早い話が、人工的に作られた情報を摂取するのは
可能な限りうまく選別して、少ない方がいいということです。
別に宗教戒律ではありませんので、
全くなくせということはいいません。
ただし、節度を持って接しないとならないということです。
また、それらを摂取するのに目的のある人は別です。
目的というよりも、吸収した分だけ、何かの形で出力する、
これならバランスは取れます。
音楽を聴いたら、その分、作曲するとか、音楽評論書くとかです。
出力もしないで、入力だけしている人があまりにも多すぎます。
だから、本読んだら、本を書けばいいんですよ。
まー、別の形での出力もありますが。
いずれにしても、その出力は、凝固された作品で物質的でなければ
なりません。
私は、「本や漫画を読みすぎている人」「映画を見すぎている人」
「音楽を聴きすぎている人」「ゲームやネットや携帯メール」しすぎの人、
この人たちには、常にどこか、マトモでないものを感じてきました。
また、実際にも、歳月が過ぎるほどに、こうした人たちが、
うつ病など発症しても何ら不思議ではないですね。
たとえば、私が青春時代をすごした時代は、
このようなものの大半はなくて、あるのはテレビと本ぐらいでしたが、
地方に住んでいる人というのは、情報がないから素朴かと思いきや、
その分、「本の虫」みたいな人も多くて、そういう人は、
かなりイカれていましたね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ようは、やはり、経験を裏づけを取るために本を読む
という分にはいいですし、また、直感的に自分に何の本が
必要であるかを、感じ取りながら本を選ぶ人はいいのですが、
本を読むことそのものが、現実逃避になっているような人も
多く見てきました。
たいていは、そういう人は、自分の人生の航路完全に見失っていますし、
常に、やらなくていい事ばかり、やっては、
いつも、「忙しい」とボヤいています。馬鹿みたいですね。
そして、その現実逃避の手段が、本からテレビ、
ゲーム、ネット、携帯へと変化してきたわけです。
【意味のある文章】
ところで、私は掲示板に投稿をアップするときには、
次の3つの段階を経ています。(すべてではありませんがほとんどです)
1/雑記帳に、ペンでメモをする。
2/パソコンのメモ帳、またはワードなどに書き込む。
3/それを掲示板の投稿画面にコピーする。
おそらく普通の人たちは、3しかしないはずです。
ネットとは切り離された環境の中で作った文章を
私は掲示板には掲載することが多いです。
このステップを踏むのも、結局は、
文を作るときの環境を、ネットから切り離した
静かな空間で作るためです。
たとえば、ワードやメモを起動して書いているときには、
私は使っているものがpcであっても、必ずネットから「切断」します。
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話は、変わりますが、ネットを徘徊している人は、
「無料で得られるような情報」は、しょせん、無料で配られる
ティッシュのようなものと覚悟しておくことです。
理由はいろいろとありますが、人は情報に対して、
自分の財布からお金を支払ってこそ、その情報は食い物となり、
また経験となり、骨身になるわけですし、
情報に大切な金を払って、ときどき失敗すれば、
それによって、情報の選択の仕方も真剣に覚えるわけです。
それを、何も代償を払わず、情報だけ得ようとする事自体が、
情報というものを甘く見ていますし、情報に向かい合う姿勢そのものが
とても、だらしないわけです。
よく、親から自立できない子供の最大の特徴が、
親から金をもらっているということであると書いてきましたが、
それと似た意味で、ただで情報を食っている気になっている人というのは、
その情報が何も身に付かず、またネットの情報に踊らされるだけの
人間になってゆきます。ちょうど、親の手の上でころころと転がされるように。
代価を自分の稼いだお金で支払うということをした段階で、
その情報は、どんなものでも、自分が使えるものに変わる可能性が
一気に増えてきます。仮に情報の獲得に失敗した場合、
つまらないものを買ってしまった場合にも、
その分、そこで、何かが学習されますし、
「その穴埋め」もどこかにあるものです。
しかし、ネットにある無料の情報などには、何もそうした授受関係がなく、
無責任にガセネタが垂れ流しされているだけですら、
消化する方も消化など出来ていません。
この理由を主に私は、いままでも言ってきたように、
ひとつは、サーフし、スクロールするという行為と、
そのディスプレイが頭にきちんと入らないという事であるわけですが、
無明庵サイトは、ホームのコンテンツの主要な文は、試験的に
ディスプレイを読みやすく、行間をあけてありますが、それでも駄目です。
一度テストで白地に濃い文字にしましたが、駄目でした。
それは、色調のせいでもありませんし、フォントや行間や文字間隔のせいでもありません。
やはり、物質として固定されて印刷された文字でないと駄目なのです。
それは本である必要は特にありませんので、
各自で、自家製本してもいいのですが、
本には本を作る過程で、筆者やスタッフがそこにこめる意志が
ありますから、「食い物としてのエネルギー」という意味では、
やはりひとつの形に製本(料理)されて完成された本がべストです。
また、情報の代価としての金銭の「授受とは何であるか?」ということは、
結局は、私たち生物は、衣食住、とくに「食」を基本とした
生物なわけですら、本や情報にお金を払うということは、
食いぶちを減らしてでも、情報を求めるというのが基本です。
(実際、私なんか、昔は、本やレコード買うために、
その分、食費をけずって、食わないということもありましたから。)
そうやって食(を得るためのお金)を、けずってまで得た情報は
それなりに読み手の、リアルな身体にも影響します。
また、もうひとつ重要なことは、
他人から「もらった物」というのは、
「拒否する力」が弱くなります。
つまり、たとえば、人から本をもらうと、くれた人の影響を大きくくらいます。
本の特定の情報に対して、自分がブロックをかけたり、フィルタリング
するためには、自分でお金を出して買ったものに限ります。
お金でも、食い物でも、本でも、もらいもののキケンなところは、
それに対する自己防御が効きずらいということです。
だからこそ、「タダほど高いものはない」のです。
友達同士で、何かをやりとりする場合にも、
物々交換するか、さもなければ、お金できちんと支払う方が
より「自主的な世界」を自分の周りに築けます。
無料で得たようなものには、誰も文句を言えないということです。
また文句でなくても、悪影響を食らったときの、
自分の軌道の修復が効かないということです。
だから、私はよく、ひきこもっていた子供で家庭から出たいとか、
あるいは旦那とか奥さんから束縛されていて、
離婚したいという人に勧める方法は、
とにかく、法的に財産分与してもいいし、何でもいいから、
自分で得たり、稼いで得たお金で、自分のものを揃え、
相手からの「もらい物」は、すべて捨てなさいということです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【結語】
賢明な人は、ネットには「本当に重要な事」は書きません。
また、うちのサイトみたいに、重要な事の断片をネットに書いても、
ネットというシステムそのもの(元々が軍事用ということ)を原因として、
あるいは、無料であることが原因で、
読み手は、それをきちんと頭に入れることも決して出来ず、
最も重要なことは、
情報をリアルな「身体の各次元層へと消化すること」も
全く出来ないということです。
余計な情報を頭に入れて、どんどんと現実の世界での
正常な意識のバランスを崩すだけのことなのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
頭、イカれているという自分への自覚のない人が
ネットには、わんさといるようですが、
何日か、ネットの読み込みや、携帯での発信を完全にやめて、
夜はたった一人で、
部屋の暗い空間と向き合い、
せいぜい、夜のお伴は、ノートブックとペンだけにして、
ひたひたと、その空間満たしている、
本来の生命の空気、香り、恐怖、不安、という、
生命の当たり前の感覚を感じ取ることです。
最低でも、じっと、1時間は、そうしていることです。
この不安に向き合えずに、これから逃げた人というのが、
たいていは、狂ったような、種種の依存症になっていますから。
情報の入り口を完全に遮断することでしか、情報というのは、
「斬り捨てたり」「整理」したりすることは出来ないのですから。
買い物をいったんやめなければ、
部屋の掃除や整理が進まないのと同じことです。
食わない時間がなければ、
食物が消化できないのと同じことです。
だから、私は、最近、一部の親しい人たちには、
自分にとって利するような目的を設定していないかぎりは、
「ネットには、気軽に書き込むな」さらには「繋ぐな」と
釘をさしてあります。
その分の時間と労力を、
「自分の、意識の航行の、現在位置を知るため」に使えと。
◆
そういや、全くの余談ですが、これ書いていて、
今朝、見た、夢を思い出しました。
松村氏の日記に、こんなような事が書いてあったという「夢」です。
あくまでも、夢ね。
「ネットで言葉を有効に使うためのひとつの手法は、
解説をする言葉としてではなく、
{記号}としての単語を、ばらまいておくこと。
すると、それを解る者だけが、
無意識の領域で自動的に選別されるので、
わざわざ説明をする無駄が省ける。
そもそも、その「記号としての単語の配列」を見ただけで、
そういう人は、たとえ自分で気づいていなくても、
その中身まで既に理解が及んでいることもしばしば。」
というような内容。
うちのサイトも、春から、そうするかな(笑)。
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