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[3031]
■
■神社雑感
by:
ほ う ざん
2004/02/22(Sun)07:17:14
200.137.244.43.ap.yournet.ne.jp:43.244.137.200:Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; MSN 2.5; Windows 98)::::ja:
●松の間に、仏教系の、お札を燃やした話をしたので、
ついでと言ってはなんですが・・・・
ちなみに、あそこで書いた、前のアホな住人のやってことは、
仏壇に、神社のお札入れるような行為なわけでして
いくら、神仏混合の日本でも、「システム」の違うものを
混在させると、罰が当るかどうかは知らないが、
少なくとも、いろいろな機能の「効率」が悪くなる。
●別に私は神道を信仰しているわけでもなく、
仏教徒ですらないわけだが、
信仰ではなく、横方向では、これらとの付き合いは、長い。
で、寺というのは、どこの地域でも、結界は作ってないね。
結界というのは、神道、というより神社のためにあるような言葉です。
私にとっては、宗派なんかまるで関係なくて、
全部、それぞれに利点と欠点のあるシステムとして関わっているわけですが、
神社の系列は、主に、社会的な足場とか、
地域的な足場を作るには、この上なく便利なものです。
寺に行っても、その地域と契約は出来ないが、
神社は違う。
古くから存在していた自然聖霊の世界まで
根が深く張っている。
よく地図を見ると、明らかに、その神社の前身は、
これ、違う系列の神様だろよ、というのがあるが、
それ抜きにしても、とにかく、
日本全国の神社というのは、明確な心霊的な地図をなしている。
いわば、もうひとつの国道や電車の路線図のようなものです。
寺というのは、今はもう、見る影もないほど
仏教からはかけ離れた、メチャクチャなものになっていますが、
それらは、もともと、主に、個人の修業、個人の課題というものを
補足的に補助する役目が大なわけで、
多少、閉鎖的で、厭世的なぐらいでちょうどいい。
これは、いわば、寺というのは、自分のところを掘る作業をするところ。
大別してしまえば、寺の種類というのは、
1/単なる「葬式寺」
2/人生相談の「かけ込み寺」とか、老人の集い場。
3/多少能力のある住職がやっている軽い感じの「供養寺」
4/修験道的な色調の濃い、悪霊退治専門の「魔術的な寺」。
5/座禅だけする禅系の「座禅寺」。
6/論外としては、新興宗教信者の集う「集会寺」。
で、これらは、見かけは何百年の歴史ある寺でも、
地域的な根を張っていないので、
結界の中での重要なポイントにはなりにくい。
しかし神社というのは、自分の問題を掘るのでなく、
この世界を「渡り歩く時」の、「交通手段」のようなものです。
そして、これは日本全国なら、どこでも使える「道」です。
思うに、寺には「共通のもの」がない。
これがネットワーク性の欠如の原因でもあるのだろう。
寺にあるものと言えば、本尊以外には、鐘ぐらいか。
あとは、卒塔婆や墓石。
しかし、これらは、ネットワーク形成する力はない。
一方、神社には、どんなに小さくても、狛犬や獅子、
参道の構造、そして何よりも鳥居だけは、「基本形状」は、
全国どこでも同じ。
ご神体といわれるものも、大抵は、剣か、鏡か、勾玉か、男根の象徴など。
共通している。
この全国共通のいわば、神社ネットは、
どこへ行ってもJRの管轄路線みたいなところがあって、
神道の分類上の種類が違っても、
とにかく鳥居さえあれば、一定のネットワークとして機能してしまう。
そういう意味では、自宅の庭に鳥居建てるのもオモシロイだろう。
で、一体東京都内のネットワークがどうなっているのかとか
神社がありすぎて、調べたらキリがないので、
人工密度の少ない地方とかの地図で調べると
わりと、そのネットワーク構造は理解しやすい。
この話は、ちょっと最後にしておくとして、
地方社会みたいに、血縁を重視したり、
あとは、先祖供養を重視する地域は、
こういうものとの関わりは、いわゆる仏壇に拝むなんて形になるし、
先祖なんか関係ないから、自分の問題解決だけでいい、となれば、
仏壇に向かう必要もなく、
黙って座ってりゃ、いいわけで、
こういう面倒なものとの関わりも必要ない。
しかし、移動するとか、社会的に根をおろす、
足で移動するとなると、
宗教的な意味合い以前に、効率よく移動したり、
物質的な活動をするには、少なくとも国内に限れば、
神社の利用の利点は、かなり大きい。
で、既に言ったように、この神社の定義というのが、
はっきりいってしまえば、鳥居があればいいわけで、
極端な話、七福神とか、いわゆる元はヒンズー教の神仏を
奉っているところだって、かまわないのある。
ようは、鳥居の「標識」と、参道という「滑走路」があれば、
「霊界空港」としては、まずまずということだね。
そういう意味では、鳥居のなくなった神社は、
閉鎖した駅みたいなもので、役立たず。
■で、こういうものとの関わりって、
元々、神道の場合には、仏教が「死後の世界」に関わるといのに対して、
神道というのは、その辺がカジュアルで、神様との距離も身近。
お供えモノにしても、昔は、ちゃんと暖めて出して、
一緒に食うという感じで、そこに本当に人間と同じようにいるみたいな扱いで
あったわだし。
まー、仏壇にそうやって供える人もいるけど、
安定した儀式的な形態としては、神道は遥か昔からそれをやってきたしね。
そのせいもあって、より、地上的な世界に影響しやすい位置にある。
で、既に言ったように、こういうのは、
人の信仰心とか、うんたらかんたらとは全く関係のない
霊界空港、霊界公道、つまりは、霊道とか、結界のネットワーク地図
というところに、神社の最大の利用価値があって、
私は、常に、都内での移動にも、地方での移動にも、
その道を使ってきました。
■で、皆さんは、何をしたらいいかというと、
地図広げたら、コンパスと定規を手に持って、
徹底的に、神社同士に線をひきまくって、
そこに次のものを発見することです。
神社と神社を結ぶ線が、
1/一直線上に主用なものが、3つ以上並ぶもの。(俗にいうレイライン)
2/正三角形になるもの(靖国、国会議事堂、将門塚みたいなもの)、
3/二等辺三角形になるもの(全国のどこにでもある)
4/ある神社を中心に同じ円周上に3つ以上並ぶもの
(神社が密集している地域に多い)
5/頂点が「直角三角形」に並ぶもの、
で、この中でも、最も強力な結界の形が、
「カイトのような菱形」になるものです。
つまり、「2等辺三角形が二つ合わさったもの」です。
さらには、もしもこれが、左右対照の三角形部分が、
直角三角形で構成されるものだと最強。
これがあったら、その頂点の内部は、完全な神域だと思っていい。
正三角形よりも、ある意味では強力です。
実際には、さらに複雑に、
ある一辺の延長線上に、次の別の結界が連鎖したりもしますが、
これは、複雑すぎるので、ここでは、教えません。
こうした結界の有無を判断するときに、ポイントとなる神社の位置関係が、
どれぐらいの尺度の地図で、どれぐらいの距離的な誤差までは
容認するかというのは、教えませんので、自分で経験してください。
で、用は、その結界の頂点ある神社を、左周りまたは右回り
あるいはランダムに、訪問して、
挨拶程度に、しきたり通りに、礼拝して、手を打って、
頭下げておけばいいだけ。
特に、面倒なことをしなくてもよい。
願い事すらしなくていい。
ただ、「こんにちは」と、「挨拶だけする」ということ。
まー、どんなに人の来なそうな荒廃したところでも、
賽銭ぐらいは、入れておくといいです。
賽銭でなければ、
キレイな水、洗った米、酒、塩、のどれかひとつでも。
この場合には、無理やりこじつければ、
水は風
酒は火
米は水
塩は地
とも定義できる。
こういう、意識的に、計算したネットワークを歩くことで、
関連した地域での生活や、商売・ビジネス・対人関係が
やりやすくなります。
やりやすくというのは、心を労さずとも、
「自動的になる」ということ。
これやっておかないと、この自動的なシステムに乗れずに、
いちいち、面倒なことになる。
喩えていうと、フリーパス切符とか定期を手にするようなもの。
これやらないと、移動したり、
店に入るのに、いちいち切符とか、
食券とか買わなくてはならないようなもの。
この場合の「店」とは、「地域との関わり」ということです。
で、当然のこととして、
これは、自分の中の精神的な掘り下げ作業とは全く関係なくて、
「現実生活の面での効能がある」ということです。
したがって、神道というのは、
ある意味で、信仰とか宗教と思わない方がいい。
電車や、高速道路を利用するのと同じぐらい、
日常的な関わりのあるものであると。
宗教の中には、神道を邪道視するのがあるけど、私見では、
神道のシステムは、
そもそも、信仰とか宗教という分類には入らないものです。
これは純粋に、旅行用の霊道システムです。
これを邪道視して利用しないのは、勝手ですが、
そういう場合には、地域の地下深くに古来からある
いろいろな「霊脈」とか、まー、平たく言えば、
大地とか山林とか川のような自然の力というか、
そういう部分での人や動物との繋がりとは縁が持てず、
結果として、人間本意な宗教とか文明的な論理で、
その地域を荒らしてしまいやすい。
その結果、その地域に足が安定しないし、
区間の移動にトラブルとか生ずる。
まー、これまで、こういうの無視して、何事もなかった人は、
別の何かに守られていた、というようなこじつけよりも、
結果として、こういう道筋、神域の区分を、
自分でも知らないうちに感知していて、
その自分の勘が良かったか、運が良かったのだろうと思うことです。
まっ、これが海外へ行くと、
また別のシステムになるのだけど、
必ずしも、共通システムとして機能しているのは、
十字架やヘキサグラムではないよ。
鳥居を使っていない文化の場合には、
その代用品は、「石」です。
つまりは、石碑・・・石の遺跡の配列です。
ケルトの石碑、さらには、自然石の配置もそうですし、
ピラミッドその他の岩石で出来た遺跡もです。
■
■
■
ちなみに、うちの神棚は、前のアホな住人が作ったものではなく、
大昔の大家さんの時代からあるもので、
奉っていたのは、この地域に多い諏訪神社の系列だから、
祭神は、「建御名方神(武南方神)」として、そのままでいいとして、
問題は、左右に何を配するかだったが、
いろいろと、考えた結果、
右に、この「武南方神」に国譲りを迫って、
力競べをして勝った「建御雷槌之男神」の、
その側近をやっていた「経津主神」。これを配した。
経津主神は、剣の化身なので、手裏剣との関わりにもいいだろうし。
まっ、それ以外にも、
経津主神は、外交官とか有能なネゴシエーターといったところだし。
で、一方の左には、その武南方神が、諏訪湖に定着したときに、
そこの先住民の神として住んでいた「ミシャグヂ神」とした。
まー、こうすると、この3者は、
かつての神話の時代には、
お互いに、「占領したり、占領されたり」という、
ちょっとばかし「複雑な関係の3者」なのだが、
うちの神棚では、ちゃんと、仲良くやってもらうことにした(笑)。
■
神道の基礎知識を読むなら、
ここが、楽しいよ。↓
天宇受売命を「元祖ストリップ・ガール」と命名するあたりが、ノリがいいね。
↓
http://www.asahi-net.or.jp/~pq7s-nsmr/nof_shinwa.htm
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