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[3252]
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人間同士の言葉による理解とは何か?
by:
ほ う ざん
2004/10/18(Mon)17:31:11
183.237.192.61.east.flets.alpha-net.ne.jp:61.192.237.183:Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; MSN 2.5; Windows 98)::::ja:
●人が思考するときに、必ずしも、言葉に頼る必要はありません。
昔、絵の配列で思考するということをやったことがあります。
たとえば、コンビニにいって、おにぎりを買う、と考えるときに、
頭の中の言葉で「えっ、コンビニへいって、おにぎり買ってこよう」と
いうのではなくて、
コンビニの映像、そこへいく自分、おにぎりをレジにもってゆく
自分、食う自分、という「紙芝居」を頭の中で組みたてます。
言葉で思考することに慣れている場合
最初はしんどいですが、なれるとこっちの方が早いです。
それ以来、人の文章を見たときも、
絵の並びのように読み取る癖がつきました。
その言葉の表す共通、非共通のイメージの配列の「絵」として。
●だから、変な文章って、一発でわかるんですよね。
言葉が空回りしてて、
そもそも、概念の元になる「絵」が、そこに全くないんですわ。
で、このイメージの紙芝居で物事を思考する癖がつくと、
まるで、自分が言語を知らない原人になったみたいで、
けっこう、世の中、変ってみえてきます。(笑)
「言葉によらない思考」
これに、私もしばらく、ハマりました。
で、また、言葉による思考に戻ってみたり、
また、「紙芝居思考」やってみたり、往復すると面白いんです。
どっちがいいとかの問題ではなくて。
で、少なくとも、「イメージの紙芝居」で自分の意志確認とか
すると、意外と、本当はやりたくないことなのに、
頭の中で、やらねばと、叫んでいるだけだったとか
すぐに分るんですよね。
今も、布団を見て、紙芝居的に、
自分が横になって寝るイメージをしたんですが、
どうも、寝る気がなさそう。
もしも、これを言葉でやっちまうと
「あっ、もうこんな時間だから寝ないと」とかなってしまう。
自分で頭の中で発した言葉で、自分が洗脳されてしまう。
でも、言葉を発しないで絵をつぎはぎしてゆくと、
頭の中で、絶えず鳴り止まない、あの「うるさい言葉」は、
しーーーんとしてしまい、脳内は、「無声映画」と化します(笑)。
すると、感情とか意志が、本音では、どれぐらいあるのかって
モニターが出来る。
・・・これでエロいこと、絵の連続で考えたりするのも、また
ひと味、違ったりします。いや、ホンマに。
というか、エロい事考えるときこそ、
そもそも言葉って、使ってないような気がするけど(笑)
>「言葉になる前の考え」とはどういう考えか?
それは、つまり、こういうこと。
赤ん坊が、お腹が空いて泣く
最初は、泣くことが、
その子の「言葉」=意志やイメージを伝える道具。
やがて、その子は「ママ、まんま」と言うようになる。
言葉が、あーうーおー、でも共通の意味を持てばそれでいい。
しかし、実際の言葉には、文脈というものを通じて、
同じあーうーおーが違っている。
実際に口に出すときは、
本心の「ありがとう」と、ふてくされの「ありがとう」は、すぐに分る。
では、掲示板や文章での、そのちがいはどう分るか?
それは、どういう局面で、どういう意味をこめて使うかです。
その「意味をこめるもの」が、
子供の空腹感と同じもの。
つまりは、言葉の以前にあるものとは、
5感のイメージや、想像上のものも含めた
1/「記憶」と、2/「リアルタイムの感覚や感情」
これを、知っている範囲で、何の用語で置きかえるか、
そして、特定の相手に伝わるように選択するかというのが、
言葉の役目。
つまり「紙芝居の絵」です。
あれは絵だけど、実際には音の記憶や触感(痛感や音感など)の
記憶もその紙芝居には配列される。
言葉とは、単にそれを伝わるように言っているだけのこと。
言葉や象形文字は、もともと「自己思考の道具」ではなく、
思考を他者に「伝達する手段」だったはず。太古には。そして今も。
だから、人間は、考えるときに、何も自分の頭の中で、
「しゃべる必要」はありません。
頭の中で、しゃべると、思考速度は落ちます。
ちょうど、こうしてキーを打っているように。
でも、絵の組み合わせで思考したら、
言葉で思考する5倍は早くなります。
むろん、論理的思考です。
だから、頭の中の独り言は、思考するのに必要ありません。
思考したものを、他者に伝えるときだけ、
言葉は使わればいいから。
よく何かがひらめいたり、発見とか発明するときは、
言葉に変換している時間などないぐらい
高速で処理されますから。でも、それって、勘じゃないのです。
ほぼ一瞬で、思考が組みたてられるのです。
でも、それはゆっくりとスローモーションにすると
きちんとした、論理的思考の絵なのです。
たとえば、私の場合、
この投稿の草稿のアウトラインが頭に浮かんだのは1秒です。
かなりの長文でも、
文の全体が浮かぶのに4秒とかかったことはありません。
あとは、打つ時間だけです。
打っているうちに浮かんだとしても、1秒。
3000文字程度の文章を考えるのに使う時間は、せいぜい6秒です。
思考とは、本来、そういうものです。
*********
あったあった。もっといい「言葉になる前のもの」の表現が。
1/頭に浮かんだ「旋律」や「ハーモニー」
「オーケストレーション」が「それ」。
2/楽譜に落とすと、それが言葉。
3/楽譜を見た人が、自分の楽器でそれを弾いて再生するか、
または譜面をみて、全体の音の様相を頭の中で想像できたら、
それが「その人の中での理解」
つまり、(文字)は、音符。
これで、わかりますか?
だから、私は、それぞれの人の書いた文を
音符として読み取る。音楽として。
だから、どうしたって、聴くに耐えない雑音というのがあるんです。
あとは、音符の音程は合っているけど、リズム音痴の文とかね。
◆◆さんとかは、トライアングル一本とか、
ハンドベル数個だけだけど、きちんとした音楽になっている。
そういえば、別の掲示板で、以前に、
いろんな人を楽器に喩えたこと、あったっけね。
今となっては、懐かしい。
で、・・・・「もうひとつ」、解釈が、あるんですが、これは
「今の段階」では、ごっちゃになるので、
考えなくていいです。
たとえば◆◆さんのトライアングルの単音。
こいつを、文字という音符にすると、
単に、全音符のAとかFとかになるわけですね。ただそれだけ。
ところが、こいつが、
音響工学の、あの鈴木博士の手にかかると、
「波形解析」されるんですよ。
音符ではなく波形という別の文字に。
読み取れない人や、計測器、変換ソフトがなかったら、
まるでわからないただの波形。
しかし、それは、音符では、語り得ない多くのことを語るものになる。
だから、必ずしも、実体としての音のほうが、
情報量が多かったり「細かい」とは限らないという点もお忘れなきよう。
鈴木博士なら、全く同じに聞える5種類のトライアングルの音を
全部見分けるだろうから。
そんなことは、むろん「譜面上の音楽」の世界では意味を持たない。
しかし、「別の学問」では大きな意味をもってくる。
つまり、
「実体」を「観測」する視点、または
「実体」を「表現」する方法、そこには
いろいろな視点と、出力法がありますね。
客観性自体の根拠が危うくなる手の話題ですね。
まー、社会的常識というのは、つまるところ、
多数決で認められた主観の集合とでもしておけばいいかと。
人間は、自然との共生とか口ではいいながら、
いつでも、いつでも、ごく簡単な事実を忘れてしまう。
それは、たとえば、昆虫やコウモリや魚たちは、
この世界を、我々人間とは全く異なるコスモスとして
認識しているということです。
すなわち、「別の視点」から見たら、
その視点からは、真実ではあり得ないかもしれないほどに
常に、不安定なもの。
人がこの世界にいなかったら、
真実もクソもないですからね。
そこに、あるのは、「痛み」と「痛みの不在」だけ。
そこに、あるのは、「飢え」と「飢えの不在」だけ。
●
ちなみに、「言語の定義」についてEO師は、こう言ってましたね。
↓
↓
【言語/げんご】
単語のおのおのを、いちいち定義していたら、
それだけで膨大な量の解説になるというのに、
なぜか人類はその単語の連続である会話を
なんとなく理解している「ふり」をしている。
ここから推測できることは、
人類はおそろしく膨大な量の定義の連続を理解できる
天才的な生物であるか、
もしくは単なる馬鹿の集団である。
ためしに、他人に言語の2つか3つを
「明確に定義」させてみると
明らかに人類は後者であることが判明する。
つまり、人類は毎日わけの分からない言葉を使って会話をし
分かったふりをしているところを見ると、
完全なる狂人の集団であると思われる。
●んまー、これは、大事なポイントだよね。
普通の生活の中でも。だって、
女の言う、優しさと、男の言う、優しさは、微妙に違うし、
男の性欲と、女の性欲も、かなり違うし、
女の道と、男の道も、かなり違う種類の「演歌的な道」だから(笑)。
●
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