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掲示板
Title
助っ人リンク
2007年3月までは
「虹のオーガズム」と「性のレシピ」
の
読者専用の質疑応答用の掲示板でしたが、
2009年7月より禅書道日記に変更。
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[1302]
■
禅書道日記−その45
by:
鈴木崩残
2009/09/02(Wed)02:46:51
ギャラリー・その他雑感
■ところで、こうした書のもうひとつの楽しみ方は、プリントです。
例のスコットさんが既に、計画していますが、
あれは量産品なので、シルク・スクリーン印刷などになります。
しかし、御存知のように、手軽にシャツなどに印刷するために、
プリンターで出力できる「シート」が、
どこのPC関連商品の売り場にもありますので、
ご自分で好きなシャツにプリントして遊んでください。
私の作風は、滲みのない、はっきりとした墨一色のものですから、
布地の色は、ほとんど、どんなものでも合うと思います。
たとえば、ラーメン屋の店員さんみたいに、
黒や藍色の布地に「白文字」で印刷したい場合には、画像ソフトで
ネガに反転させてください。
文字や書体の種類によっては、
「作務衣」の背中側などにも、上品に似合うと思いますが、
あんまり派手だったり、大きな文字でやると、
「お祭りか?」と思われるデザインになるので、ご注意ください(笑)。
●さて、ひさびさにギャラリーです。
■↑以前にも一度写真を出しましたが、
この方の「気」という文字は、強く私の印象に残るほど力強い字でした。
この女性は、そのほかの文字も本当にのびのび書けました。
真ん中の光という字、これは別の人の文字ですが、
この字も、人によって微妙に違いが出ますね。
■「声」という字も以前に書いたことがあるのですが、
人が変わると、また字も少し違ってきます。
真ん中は「迷」という字で、右は「迷苦」です。
■これは少し面白いです。
注文を受けていなかった文字で私が勝手に追加したものです。
DVDの第六巻の中で、
「愛」という文字で、さんざんに私が苦戦したのですが、
それはその愛の定義が、その人にとっては極めて独自のもので、
一般に言う愛という文字では表現できなかったからです。
一方のこの人の場合には、わりとすんなりと書けてしまったのです。
ただし、注文文字のメインではありません。
この方に必要というよりは、この人が、既に内面に持っている性質
という意味での「愛」であるわけですが、
それにしても、私が一番避けたがるこの文字を、
すんなり書かせてしまう人、というのもいるのが面白いものです。
真ん中と右端は「耐」という字の草書体ですが、
これまた、普通に考えると、一歩間違うと演歌的というか、
忍耐という意味を含む文字なのですが、
それがこうもすんなり書けてしまうというのも、面白いです。
つまり、私がDVDや個別のビデオで何度も言いますように、
文字の種類やその意味に関わらず
(意味が大きくその人には関わる場合もむろんあります)、
「その人に調和して合ってさえいれば」、文字の意味も含めて、
そこには何の問題もないということです。
_______________________________
●ところで、前回、心配したDVDの7巻の中の二つの動画ファイル破損は、
問題なかったようです。
どうやら、回さんに出荷した後に、こちらで生じたエラーのようで、
現在は、私のところのオリジナルファイルも修正して問題ありませんので、
今後の出荷にも問題ありません。
七巻を、ブッククラブ回さんから、回収してチェックしたところ、
再生できないなどのファイルの一部の破損は、全くありませんでした。
_______________________________
●さて、時々、私は「草書体」を書きます。
むろん草書体は、しっかりと勉強したことはありませんので、
その場で、急遽書くということがほとんどです。
楷書体ではその人に対して書けない文字が、時に草書体では書ける理由とは、
むろん文字全体の気配がかなり変わるので、
それによって、その人に調和できるということもあるのですが、
もうひとつ、原因らしきものが、少しずつ分かってきました。
楷書体で書くと、文字のパーツがバラバラになったり、
へんとつくりが、離れてしまうことになる字が時々あります。
他の人にはなんなくかけても、別の人にその字を書こうとすると、
文字のパーツが、バラけるのです。
この理由については、今週の土曜日あたりに回さんに納品されるかもしれない
DVDの「第十巻」に、「希釈自我」「分割自我」の問題と大きく関係するので、
詳しく説明しましたが、
それは、ここでは、さておいて、
楷書体だと、バラバラになって書なくなってしまう場合がある文字でも、
草書体だと、まとまりを得て、その人に届けることが出来ることがある
その最大の理由は、
草書体が、もともと、「一筆書きになる部分」を多くもっており、
多くの場合に、へんとつくりなども、線が繋がっているからです。
つまり、最初から文字のパーツ同士にしっかりした「バイパス」が出来ているのです。
つまり、もともと文字のパーツを、それ以上にはバラけさせられないような
「一体構造」になっているのが、草書体なのです。
ですから、逆にいうと、その人に合う文字かどうかを
「最初に検査する時」には使えないのが草書体です。
●一方で、楷書が駄目だった場合の解決策として、草書体には
たびたび、お世話になっています。
むろん、それでも上手くいかないな場合には、
文字全体を変形させたり、
または、希望文字を他の文字と組み合わせて二文字にしたり、
それでも解決しない場合には、
私が、全く別の文字を探り出しています。
________________________________
●DVDの第十巻のディスク「C」で、
ディスクの三分の二を使って「希釈自我」と文字について、
かなり詳しく話しているのですが、
それはそれとして、
もしこの自我分割をした惑星管理者を皆さんが見たら、
おそらく、ぶっ殺してやりたくなると思います。
一方で、私の感覚では、地上の全生物が、
一個体の設計師によって作られたものではない感覚をずっと持っています。
ロバートモンローの本では、まるで地上の全生物の管理、
追加、修正、削除などの権限が、一体の意識に委託されているように
思えてしまう箇所があります。
つまり、気候を急変させて、恐竜を瞬時に絶滅させたり、
食物連鎖の基礎プログラムを作っているのが、一人といった印象を
与えてしまう箇所があります。
しかし「私個人」の感覚は少し違います。
人間に対する設計、改良(ただし彼らにとっての改良で人間にとって
利するものではない)
といった分野と、人間以外の生物設計とは、微妙に
セクションが違うと私は感じています。
つまり、相当数に細分化された、
外注の「生物デザイナー」が存在しており、
たとえば、ネコならネコを終始一貫してその性質から外見まで、
設計した何者かが存在していて、その存在と私は比較的
昔から、仲はいいようです。
一方で、私には全く関心のない分野ですが、
深海生物だけを担当している、知性(私の幼馴染み)と二年ほど前に、
一時、さかんに関わったことがありますが、
それはそれで、また独特のデザインセクションになっています。
つまり、もしも万一にも、相対したら、
永久に再生できないほど、ぶっ殺してやりたいと皆さんが思うであろう、
「強制的、自我分割」という不正行為をやった、納品者または、生物管理者は、
あくまでも、「人類」を担当している者であって、
どうやら、地球という惑星それ自体の総括的な管理者や、
「人間以外の生物」の担当者とは、「別の者」のようです。
(推測にすぎないので、明確には断定できませんが)
まー、上層部に隠れて、不正行為をするのは、
どこの社会や宇宙でも、日常的にあることですからね。
●ちなみに、ここでもう一度、
私のスタンスを明確にしておくならば、
「真我」という断片化した形で、
元の意識の一部を人間の中に埋め込んだところまでは、
仮にそれが、人間に巨大な苦痛を発生する根源であったとしても、
まだしも、私は、ぎりぎりで、許せます。
なぜならば、それが自我と真我の間に、ひどい葛藤を生み出すことで、
最終的には、意識のシフトも起き得る可能性を残しているからです。
しかし、その肝心の葛藤を生ずる機能を持つはずの「自我」までもを、
希釈してしまうということは、
以前にも書いたように、
単に「労働者」の水増しと、
「個性の劣化に伴う娯楽性の退化」と、
「単に他の誰かのロボットとなる無力な人間を増産する」ことにしか
なりません。
つまり、強制的に人間の自我の希釈する行為を正当化するような理由は、
全く何もなく、
その結果、何ひとつ面白いことは起きないということです。
強者が身勝手に利用できる、無抵抗な召使いや労働力としての
弱者を無意味に生産しているだけです。
たとえ人間同士の対立構造が激化して、力が拮抗したとしても、
「全自我」同士の対立のほうが、生産的な対立ですし、
生存や死の「面白さ」という基準だけで言えば、
遥かにマシです。
そのことは、ここを見ている皆さんのうち、
ゾンビと対立した経験のある人なら、誰でも知っているはずです。
自分よりも下位に位置する希釈自我の相手との対立は、
不毛で単なる時間の無駄なのです。
(たとえば、皆さんのうちの誰かが四分の一自我で、
その人が、八分の一自我のゾンビに、いやがらせを受けた場合です。)
つまり、仮にあなたが希釈自我だったとしても、
その「あなたよりも下位に存在する希釈自我」というのは、
自分よりも上位にある自我の関心を引こうとして、
たびたび、あなたの邪魔をします。
●実は、この下位の者が上位の者に売るケンカの売り方というのは、
彼らは自我を取り戻そうと、無自覚のうちに飢えて、あがいているので、
自分よりも「自我をより濃く持っている人」に
ストーキングをすると定義していいです。
つまりは自我がしっかりとある人から、怒られたり、
または、褒められたり、とにかく、「かまわれる」ことで、
自我のおこぼれを貰おうとしている餓鬼と同じ精神状態がゾンビで、
それが、ゾンビでないここの皆さんが、ゾンビに、まとわりつかれる
最大の理由です。
褒められるような行為をするには、それなりに努力が必要ですが、
相手に嫌われる行為をすることは、どんな馬鹿なゾンビでも出来る
努力の要らない方法なので、
そのために、世の中の多くのストーカーは「相手に嫌われることをして」
相手の「関心」と、それに含まれる自我のおこぼれを、
なんとか得ようと、もがいている精神状態にいます。
●そこで、私はそのことの解決法をDVDの第十巻で、
明確に説明しました。
実は、下位自我の者が、上位自我の者に、
(たとえば、四分の1自我の人が、二分の一自我の人に)、たかったり、
関心を引こうと必死に、噛み付いたり、しがみついても、
四分の一自我の人は、
結局は、二分の一自我にすら、「戻れない」ということです。
しかし、四分の一自我の人にも、八分の一自我の人にすらも、
一自我に帰還するには、
もっと正攻法の、効率のよい「別の方法」があります。
その方法についての「概略」を語ったのが、無心の全書のDVDの
第十巻です。
●DVDは、どんどん発売されるので、そんなものをいちいち買っていたら、
出費も大変だと思います。
ですから、無明庵の愛読者で「分割自我」について関心のある人は、
「第十巻」だけは、必ず見ておいたほうが、良いと私からはお勧めします。
他のものはその人の趣味と、お財布と相談してください。
「禅書道って一体それは何ですか?」ともしも、あなたが他人に聞かれたら、
「第六巻」を見たり、他人に薦めるのが、最も分かりやすいと思います。
しかし、「第十巻」は、「無明庵の読者」でないと分からないので、
逆に、一般の人には、私は全くお勧めしません。
●弟10巻には、結局は、悩んだ末に、例の、「チャネリング書」も、
ディスクのBにぶち込みましたので、
禅書道という企画からは、「異質な巻」になりました。
注文された書の記録は、この巻の中では、3名の記録のみで、
あとは、チャネリング書と「分割自我」を「書にするとどうなるか」を
延々と説明しています。
途中で私が、本編には、全く関係ない話として、
日本たばこ産業「JT」に対して、文句をたれる場面がありますが、
まー、10分程度なのでお許しください。
で、肝心の内容は以下のようになっています。
■無心の禅書 ●「第十巻」●
ディスクA・・・お二人の書と、チャネリング書についての補足説明。
B・・・チャネリング書と、お一人の書。
C・・・「それぞれの分割自我」が書にどう出るかと、英字の書。
ジャケはこれです。「艶」という字のジャケットです。
↓
■無明庵愛読者でしたら、
他の巻は、他人の書や、他の人のカウンセリング内容に関心がなければ、
それらは、どうでもいいので、手をつけなくてもいいですが、
この第十巻だけは、持っていたほうがいいです。
Bディスクの
「チャネリング書(死んじまっている人間や他の惑星の書を書く)」
のところでは、私も、少しばかり、ダラけて、やる気を失くしてますが、
ディスクCでは、
「希釈自我の人が、全自我に帰還する場合の最大の注意点」について
説明してあります。
たぶん、第十巻は、今週の土曜日には、とりあえず10セットだけ、
ブッククラブ回に、納品できると思います。
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