▲
控えの間
-
全館目次
- 松の間
■
BBS
- 竹の間
■
BBS
- 梅の間
■
BBS
- 桜の間
■
BBS
■
松竹梅の間:ログ表示
松の間
竹の間
梅の間
桜の間
★ 番号指定:
1ページの表示件数:
件
☆ 検索語 :
検索表示 新着から
古い方から
タイトルだけ表示
タイトルと5行
全部
「性と死のホームページ」 http://www.mumyouan.com/
.
より詳しい使い方の説明(9月11日変更)
■桜の間へようこそ■
掲示板
Title
「分割自我復元」
のサポート情報や最新報告を記載しています。
★「自我判定」や「禅書」の申し込み方法はこちらです★
【
ご依頼・ご注文の方法
】
ブラウザーの設定などの理由で最新情報が表示されない場合があります。更新ボタンやF5キーを利用してみて下さい。
[423]
■
★分割自我復元★その423■ 【 死んだ後も 自分の足で立つ 】
by:
鈴木崩残
2015/01/11(Sun)05:04:31
>追記 1/13 文中に、紫色の文字での加筆部分があります。
生と死の中間
自我復元は何の為にしているのか?
●無明庵は、性と死のホームページというタイトルで始まったのですが、
性の問題は、もうすべて語りつくしました。
実は、死の問題もすべて語りつくしています。
性の分野については、2005年ごろまでに終わったことです。
「性恋愛教本」を書き終えた段階で、私から皆さんに伝えることは、
完了していました。
一方で死の問題も、基本的な部分はそれ以前に語りつくされています。
●私の作業として、残る部分は、
性に代表された「生」のベクトルと「死」との、その「中間」です。
無明庵というところは、1995年から常に一環して、
人が死ぬ間際において、本当に幸せであるならば、
その工程がひどいものであったとしても、
その幸せは、一生分の不幸を帳消しにするものになり得る、
という基本原則を踏まえています。
しかしこれ自体は、下手をすると、大昔からある
念仏カルトと大して変わりないものとなってしまい、
つらい人生も、死ぬ瞬間に取り返せるという、鼻の先のニンジンのようなものとなり、
結果として、多くの人が死ぬ間際には、ろくな死に方はしていません。
●また、死ぬ瞬間だけを問題にすると、現実問題を誤魔化したい人たち、
現実逃避にあけくれて、精神世界で知ったような顔をしている馬鹿者、
あるいは、自殺したがっている者や、自殺しそこねただけの鈍感な者、
こういう者たちが、こぞって、自分の厭世的な態度や、
世間を斜めに見て、批判している、そういう自分を肯定でもしてくれているかのように、
錯覚をして、無明庵の本を読みあさった者も多いはずです。
●逆に、別の精神世界系にどっぷり洗脳されていたり、
または、いわゆるエセポジティヴに長くいた人達は、
常に肯定性のある世界像しか信じる気はありませんので、
それと食い違っている現実社会や、宇宙の矛盾や、
そこにある、当たり前の疑問について考えようとは全くしません。
●無明庵にかかわっている者の中で、一番困った人達は、
悟りだの意識変容に、頭の凝り固まった人達です。
この人達の最大の特徴は、全く普通のことが出来ていないこと。
逆にいえば、その劣等感から、一番楽を出来ると勘違いしたものに
憧れたという、きわめて、子供っぽい、稚拙な精神状態の人達です。
カルト信者、和尚のサニヤシン、禅僧、そして、
そういう人達を馬鹿にするニート(自活もしていない者)、
ネット中毒していて、現実生活の家庭、職場では、
目もあてられないほど、ガタガタに腐敗していた者。
●一方で、では世間的に愛想よく適当に生活を営んでいればいいのか、
という問題は、いうまでもなく、それでいいわけがありません。
ただし、だからといって、劣等感からそれらの生を否定していても、
あなたの惨めさのごまかしにしかなりません。
*********
●2010年から始まった自我復元の「共同プロジェクト」ですが、
当初は、それまでの無明庵の延長のように、
何か、皆さんの、それまでのシケた人生を逆転させ得る方法だと
そう思い、はじめた人も多いと思います。
幸いにして、そうした人達は自分から去ってくれたので手間が省けました。
シケた人生、つまらない人生をなんとかしようとする、
そのこと自体が、シケた態度です。
そう思うのであれば、普通は、その原因を探すことから始めるべきだからです。
変えようとする前に、なぜそうなのかから、開始されるのが普通です。
(今、皆さんがやっているトラウマやAC問題のようにです)
また、この「なんとかしよう」という
「なんとかするヴィジョン」そのものを持っていない人が大半です。
だから、スケッチブックに何も描けないということになるのです。
*********
●自我復元が、ある意味で「高次領域」に関わっている
ということは、私は当初から分かってはいたのですが、
それが明確になったのは、「トラウマ問題」の急上昇によってでした。
原則として、どういった瞑想の類、特に自己暗示に終わるものではなく、
実際に高次領域を刺激する方法というものは(たとえば「死人禅」)、
それを行った以後に、
(本当に行って、それが作用した者にのみ限定という前提ですが)
そうした作用が起きた場合には、
低次のものは、それに追従しようとして、
身体や感情や知性も、それにつれて引き上げられようとします。
そうしないとバランスが取れないからです。
●死人禅の行法というものは、当時は、その効果を想定していましたので、
行えば行うほどに、どんどんと問題が浮上し、
それを地道に処理しながら、追従するようになる、
という想定理論がありました。
ただし、それは、今にして思えば、
行う者が全自我であることを想定しているという意味で、過去の体系と共通しています。
つまり、自我が希釈されていることが計算に入っていないわけです。
●死人禅を行うことで、まっとうにそれが作用した場合には、
通常の状態との「落差」が生じます。
その落差により、それまで無意識だったことに敏感になる部分もありますので、
日々、より苦しくなることもあります。
ただし、単に苦しくなるだけではなく、
その明確になった問題に、自分で取り組むということが起きるべきでしたが、
それがほとんど起きなかったことからして、それは無理なことだったのです。
本来は、死人禅をやれば、まともな神経をしていれば、
次から次へと、解決していなかった自分の問題に直面するという
チャンスがやってくるのが、当然であるのに、
鈍感な、まぬけ面をして、うちにたまに来て入り浸る馬鹿も何人もいました。
「患者の治療で忙しい医療施設に、
鈍重な暇人は、遊びにくるな」です。
●そこで、その後、私個人が調査したところ、
分割自我の問題が浮上しました。
(以前にも書きましたが、おそらくこのきっかけとなったのは
有料購読期間に、全員が共通して、最も知りたいと思っている点を、
こちらで察知した事が原因です。
つまり、皆さんの要望に応えたということです。
それゆえに、それは、私の個人的な課題とは、少し異なる形で、
自我復元というものが開始されました。
それゆえに、皆さんからのメールでの報告のひとつひとつが、
その構築に役立ち、皆さんにフィードバックされる形をとっています。
ほかの問題でしたら、私が個人的に主導的に舵を取るのですが、
自我復元というもの自体が、地球上で、はじめてのことであり、
かつ、私自身がそれを経験できない位置にいるために、
主体は自我復元をしている皆さんにあります。
それ故に、私が皆さんに最も注目して欲しいのは、
私が書くこと以外に、以下のブロガーの人たちの言葉です。
現在、最前線の先頭を進んでいるこの人たちの言葉が、
皆さんの自我復元における見落としや、自覚のために非常に利する点があります。
厳しい最前線を進んでいる、この人たちが道を切り開いているのであり、
後に続く人たちは、もしも、本当に自分に対して誠実であれば、
この人たちが、身を削って作ってくれた、
自我復元への「獣道」の恩恵に授かることが出来ます。
それはちょうど、あなたの町にある、あなたが利用している道路は、
他の誰かが作ってくれたものであるのと同じです。
それは、常に、誰かがまず最初に開拓して、作らねばならないのです。
●以下の、最初の3人の方は、自我復元をしている多数の人たちに、
普遍的に「共通する有益な示唆」があります。
>マディアさん
http://jigafukugen1987.blog.fc2.com/
>朱いはがねさん
http://jibunnikaerutameni.blog.fc2.com/
>Abyさん
http://mmjhb11.exblog.jp/
>お姫ちゃん
(この方のブログは、この方と同じようなトラウマの経緯をたどり、
同じような資質を生まれつき持っている特定の人にのみ役立ちます)
http://haripoteko.exblog.jp/i0/
______________________________
●さて、調査した結果、
実際には浮上したのは分割自我だけではなく、他の地球上の過去の
かなり複雑な出来事や、協定違反も関連していますが、ここは省きます。
●こうした話は、とかくファンタジーになりやすく、
本当に馬鹿みたいな、アニメオタクや、ニートや、ド暇の主婦や、
あるいは、ごたまぜ精神世界で、脳みそのイカれた人達にも
好まれやすい話題であるわけですが、
これが現実の日々の生活に直結し、かつ、今後、死ぬ際に実際に影響する部分、
それを私は、常に問題にしてきました。
●既に述べたように、
高次の領域に対して何かの働きかけをすれば、準備が整っていれば、
下層次元は、それとバランスを取ろうとして、
バランスの悪い部分が、痛みを訴えたり、問題提起をしてきます。
どういう種類の瞑想も、本来は、
自分で意図的に、意識的にハードルを上げることで、
未処理の問題を浮上させるという重要な側面を持ちます。
これゆえに、絶対的な「覚悟や決意」というものが必要なのです。
●ただし、死人禅のようなきわめて高次の領域を打つ手法が
ほとんどの人に効果がなかったり、まるっきり何も変わらなかった
という結果を踏まえて観察してゆくと、
その人達、つまり、
今ここを読んでいる人達には、根本的な欠損がありました。
その欠損の理由が長く分からなかったのですが、
自我の希釈という(その半分は本人の責に帰するものではないもの)に
ありました。
●何度もいいますが、詐欺を行う側が悪いのであり、騙された側は悪くはありません。
これは、トラウマを背負った子供に罪がないのと同じです。
責任は毒親にあります。
しかしその毒親もまた、過去から連続するトラウマの被害者です。
●そこで、この延々と続く、トラウマの連鎖を打ち切るには、
自我の修復が必要であるということになります。
しかし実は「自我」というものそれ自体の核が、
希釈された自我の人にとっては、
相対的に「高次」の点として作用します。
つまりここにも、「落差」が生じます。
したがって、自我が修復されるに従い、低次領域が引き上げられようとしますので、
本人がかかえた、未処理の問題も浮上する、
(むろん課題が明確になるので良い意味です)ということが起きます。
●何でもそうですが、「定位置」を移動する際には、
必ず、トラブルや問題意識が起きるのであり、それが起きないということは、
上にも下にも移動していない(効果がない)ということになります。
何もしないで下に堕ちるケースは沢山ありますが、それは論外として、
無明庵では、上に移動する場合に起き得る問題だけを扱っています。
●欠損した自我を修復しようとすれば、当然に、
下層にある、感情、身体、知性もまた、それに追従をしようと動き始めます。
死人禅を提唱していた時代にも、この準備不足の領域が浮上する人も、
ごくごく稀にはいたのですが、
その人達がその問題を自己処理することは不可能でした。
自己処理どころか、そもそも、
行法をやっても、ボケっとするだけで、
課題が意識化されない人がほとんどでした。
●ところが、自我復元では、ものの見事に、トラウマAC問題が
開始からわずか1〜2年後には、
共通して、沢山の人達に「処理が必要な課題」として浮上してきました。
そして、かつての瞑想法などでは、
浮上してきた問題は意識化されず処理されなかったのに対して、
自我復元は、それらの瞑想よりも、より無理のない上昇経路であったわけです。
●たとえば、高次元といっても、いろいろな層がありますので、
どの層を問題にするかによって違うのですが、
どの層でも共通することは、その層に適応するためには、
「片付けないとならない下方次元の問題」が、当然に浮上します。
ある次元に移動するには、万全に現在の次元のことを経験しつくしてから、
ということが原則ですし、
それでも無理に移動を強いる場合は、
覚悟して、何かをばっさりと切り捨てないとならないケースもあります。
●最も初歩的なところで足をとられやすいのは、「反動」です。
ちょうど、思考を無理に停止するような事をすれば、
その反動で、数日後には、頭の中が余計な思考だらけになるのと似ています。
●いずれにしても、高次を動かせば、下の領域がうまく行く、
のではなくて、高次を動かせば、下の領域で、
「うまくいっていない部分が、その原因を示唆してくる」
「主な反応としては、新しいものを拒否する反応や、反動が出る」
これが「変化」を起こす手法に共通する本質です。
●ゆえに、歩を進めている多くの自我復元者が、
AC人格が抵抗している、反撃している、もがいている、
という形で、その反動や拒否反応を捕らえています。
つまり、上方次元を刺激したはいいが、
引き上げられることをAC人格が、ぐずって邪魔するわけです。
こうした原則からも、何かの瞑想でも、技法でも、願望実現でも、
インチキなものは、効果がすぐに出たように思えるものです。
(ただし、自我復元では、身体の調子は、ほとんどの人が
自我復元を行う前よりも改善しているという実例が、
相当に目立って多く報告されました。
つまり、精神的には反応が遅い人がいても、
普通の人達の場合には、身体は率直に反応するようです。)
●しかし、たとえば、全く運動不足の人が、いきなり走ったり運動すれば
筋肉痛になります。
しかしその筋肉痛が示唆していることは、その運動をするには、
どの部位の筋力が不足していますよ、ということをあなたに教えているわけです。
ごく簡単で子供でも分かる事例ですが、そういうことです。
●死人禅でも、自我復元でも、
あなたは自分に一度、「無理な負荷」をかけているのです。
すると筋肉が悲鳴を上げます。
筋肉に相当するのは、身体、感情、思考です。
●修復された自我という次の立ち位置に下層次元が追従しようとすれば、
当然起きることです。
そして、問題を明確にして、地道に解決していった人達、
または、解決しつつある人たちが、
筋肉痛が意味することを「当たり前に理解」していた人たちです。
●一方で、筋肉痛に耐えられずに、泣き言やいい訳を言ってやめる人、
こういう人は、これも何度も言いますが、
自我復元、その他に限らず、おそらくは、
何ひとつも数年間、着実に自分が(惰性や習慣ではなく)
意識的に続けたという経験が、一個か二個程度で、とても少ないかと思います。
ほとんどのことが中途半端に、頓挫して終わったはずです。
●問題は、常に、行う側のモチベーションにあります。
しかし、そういう、そもそも意識化した継続的なことが出来ない人を
少なくとも、最低限の自己管理が出来るところまで修復するのが
自我復元のひとつの効能でもありました。
そもそも、出来ないその原因が、毒親からの影響なのですから、
それを解除すれば、それが原因で出来なかったことは、
その解除により出来るようになりますし、実際に出来ている人も何人もいます。
●何でもそうですが、移動や変化というものは、
少し、自分を上昇させるような何かを行い、
それに追従させるために、具体的に下層部も整理して、鍛える
これは「当然のこと」です。
*********
●さて、ここで話をまた少し広い領域に戻します。
冒頭に書いたように、特に私個人が先天的に受け持っている領域というものは、
常に「具体的方法論」です。
ごくごく個人的には、私の死後には、私には報告義務があるのですが、
それとは別に、この世界で活動するに当たっては、
「方法論」の確立というものが、私に課せられたひとつの課題でした。
したがって、マニュアル書籍を書いてきたということは
ずっと以前にも述べました。
●マニュアル書を書くというのは、非常に難しいものです。
ブームに乗って、ただ売れればいいというだけの安直なマニュアルは、
世の中に沢山ありますが、確かなマニュアルを書こうすると、
「実体験」が必要になり、その為に、十年以上の自分自身の経験が必要になります。
マニュアルを書くのに必要なのは情報収集でもなければ、
屁理屈を並べることでもなく、
実体験の積み重ねと、絶え間ない「検証」です。
何度でも、繰り返し同じ結果を出せるようになってはじめて、
それを他人に紹介するというのが物事の道理であり、筋です。
●そのために私が書いたものは、主に二つあります。
ひとつは、性に関する「3書」、もうひとつは手裏剣術の記録(本とDVD)です。
どちらも、私が自分で実際に出来ないようなことは、
ただのひとつも書いてありません。
また、どちらも、過去数百年分の不備を修整し、
過去の至らないマニュアルの反省や改良を踏まえて、
ほぼ完璧だと思えるものを書き上げました。
ただし、そのために、私が要した、実際の「経験」時間は、
どれも、15年から20年を超えます。
その間、ほとんど休みなく、実験、実験、検証、実験の繰り返しです。
セックスの探求と検証も、手裏剣術も、
(休まずセックスしたという意味ではなく)「研究し続けたという意味」
では、完成するまでは、休んだ覚えが全くありません。
その結果、「これだけは、重要であろう」というものを抽出する
というのが、私が物事を行ったり形にする場合の、癖または特徴のひとつです。
*********
●さて、私事の話はこれぐらいとして、
「死に際して、人は、いかに在ることが、重要であるか」
このことだけに焦点を絞っているのが実は自我復元です。
トラウマ堀りも、AC人格解除もすべては、そこを目的としています。
何度も言いますが、冗談で、私は「地球に生まれないため」とは
書いていません。
●ただ、この問題は、昨年の皆さんの様子を見ていて、
少し、先送りにすることを検討していましたが、
私に残されている時間の少なさから計算して、
先延ばしすることは無理だと断定する状況になりましたので、
簡単に説明しておきます。
******************
●たとえば、この世界でどのような経験の記憶を持っていたとしても、
それが、死後にチャラになるのでしたら、何もこんな技法は必要ありません。
それどころか世の中にあるすべての自己変革に関する文献は無意味になります。
ただし、私が言うチャラになるとは、カルマがチャラになるとか
そういうカルト教団が言いそうな、低俗な話ではありません。
●そうではなく、死後の継続するものが、もしもあり、
それが、継続するだけではなく、死後にも「影響する」としたらそれは何か?
ここが問題の本質です。
死んで肉体が、一時的になくなるだけで済むのでしたら、
この世界であなたの肉体が、どう病もうが、ほっておくか、自殺でもすれば、
次に、別の肉体と契約すればいいだけ、ということになります。
しかし、肉体に対して、「どういう姿勢で」生きたか、
という「姿勢」の部分は受け継がれます。
また感情に対しても、思考に対しても同じです。
●このことを、みなさんに理解しやすくするのは、
そもそも「経験」とは「何を」あなたに、もたらすかです。
たとえば、恋愛経験は、あなたに何をもたらすか?
転職経験は、あなたに何をもたらすか?
引越しの経験は、あなたに何をもたらすか?
実は、経験がもたらすものは、「姿勢の変化」です。
たとえば、あなたが全財産を失って、路頭に迷ったり、
もう立てないほどの病になって、寝たきりになったとします。
その時点で出来ないことは沢山出てきます。
しかし、その時、あなたには「何が」残っているでしょうか?
一般には、それは、生きる気力であるとか、やる気であるとか、
心であるとか、理想であるとか、言われます。
それは間違っている部分もあるのですが、
全体としてみれば、あながち、それらは間違いではありません。
全部を失っても残るものがあります。
その最後に残っているものが、その人を、よりダメにする場合もあり、
また、最後に残っているものが、その人が
別の仕事についたり、別の恋愛をしたり、別の土地に行ったときに
生かされる場合もあります。
持ち物や環境が変わっても持ってゆくことの出来る
こうしたものを、一般には、人は「その人の性格や人格」と呼びます。
どこへ行っても、仕事を変えても、恋人を変えても
変わらない人は、何をやっても変わらず「出来ない」か、
または何をやっても「出来る」のです。
しかし、何がそれを決定しているのかといえば、
それまでの経験の結果の、生き方の「質」です。
●死後に持ち込まれるものは、性格ではありませんが、
ただし、絶対的に持ち込まれることになるものがあります。
それは、
・「意志」
・「選択の際の希望事項」
・「同意の水準」
・「拒否の水準」の4つです。
何度も言いますが、
>生とは「契約を結ぶ」ことであり、
>死とは、「契約の一時終了」であり、
>死後の中間領域は、契約を更新するかどうかの「契約の場」です。
●死後になっても、そこでも通用するだけの自我、主体性の育成、
これを私は、自我復元の最終的な目標としています。
それゆえに、それは、ここの世界でどう生きたかを問題にします。
トラウマを掘りました、AC人格が分かりました、と、
それだけで終わってしまい、
自分の意志で、ひとつひとつの
「自分の現実感」の主導権を取らず、責任もとらず、
自分の意志と決意でAC人格の、それまでのばかげた挙動を
必死になって変えようともせず、
それで終わるならば、
あなたは、死後に、軽くあしらわれるだけの、
「口先だけで、文句や愚痴を言うだけの、ウザいヤツ」にはなり得ても、
管理官から、
「では、どうしたいですか?」と問われたときに、
ほんとうに、投げやりやことを言ってしまったり、
あるいは自分でも意味も分かっていない荒唐無稽なことを言ったり、
契約書にちっとも目も通さないで契約してしまいます。
なぜならば、たった今も、毎日、それをやっているじゃないですか?
今のこの実社会や家庭でやっていたり、あるいは、
一部の人が、私に対してのメールでしているのと同じことを、やってしまうわけです。
●ある程度整った自我の「使い道」は、
確かに、ここで生き直す、楽しみなおす、ということも含まれてはいますが、
私の着眼点は、あくまでも、契約の場で、
それが通用するに足る精神状態になったかどうかです。
●これを試すのに、夢見術や、OOBEは役立ちません。
それらは、ある「集団で決められた路線図の中」でのみ成立するものですから、
本人、またはそのネットワークに都合の良い展開に脚色されて、
いわば、「自分で自分に騙される」のが落ちです。
●無明庵というところは、何をするのであれ、
終始一貫して、特定の領域とつながったまま行っています。
それは私自身がそう決めたことであるからです。
そう決めて、私自身が、この時代を選択して生まれてきたからです。
●その一貫性の中に、
自我修復の問題も、トラウマやACの解除の問題もあり、死後の問題もありますので、
いわゆる、よりよく生きられるようになるための
カウンセリングではありません。
生きている間がつまらなくても、
死ぬときにだけは、幸福でいられたらいい、
という、この言葉に対する無知と「誤謬」がもたらした、
本当にダメな人達、
つまり、今の生だけでダメなだけではなく、
死んだら、もっとダメになる人達がいます。
よって、肉体の死など、何ひとつも解決もしませんし、進展もさせません。
人間が、「この自分ならば、死の準備は出来た」と、
そう「脳内ファンタジー」で思い込んでいるだけの馬鹿になって終わるか、
それとも、「本当に大丈夫な人」になるのか、
それが、私が常に見ている地点です。
●だから、トラウマ掘りごときに、尻込みしている場合ではないのですし、
AC人格を抹殺すると決めたら、やらねば意味がありませんし、
そうした、AC人格の解除の激しい努力のひとつひとつが、
あなたにとって、無駄になることはなく、
姿勢という形で刻印された時には、死後も通用するものになりえます。
*********
私は以前に、冗談のひとつとして、
いつか自我復元を本当に完了したと見えた人達に、
おひとりずつ、死後の契約の模擬試験を行おうかと思ったことがありました。
私が、死後の領域の「相談員(管理員)」を演じます。
自我復元完了者の人が、契約する側です。
契約書を渡すので、書きこんでもらったり、
あるいは口頭で、私とやりとりをして、次の生を決定する
という、簡易的なシミュレーションです。
おそらくは、今の状態ならば「全員」とも、私に簡単に騙されます。
つまり、あとでチェックしてみると、
「この通りの希望で生まれたら、盲点だらけで危険じゃないか」
というものになってしまうわけです。
しかも、実際の死後には、
私より10倍も狡猾で、冷酷で、手馴れた連中が、
職員「のようなこと」をやっていますから。
●自分が自主的に選択していると、今まで思い込んでいたものが、
毒親の思惑どおりだった、などということを、
自我復元で、経験した人ならば、
自分の意志というものが、どれほど、疑わしく、
結果として、不愉快な人生を生み出すか、痛いほど、分かったはずですから。
(まだ、分かっていない人は、次の生で、
この世界に戻って、また毒親に育てられて、同じことを繰り返してください)
*********
たぶん、この今回の生で、私に出会った人達のうち、
おおいに私を嫌った人や、
こうした基本的な課題にも、ついて行けなかった人たちもいたことでしょう。
しかし残念ながら、その人たちは、その死後に、
私が、常にこの世界で言い続けたことと、そっくり同じ言葉を、
耳にすることになります。
「どういう経験の一生でしたか?」
「何か、問題はありましたか?」
「どこが、問題だと思いましたか?」
「では、次は、どうしたいですか?」
メールでも、リアルでも、
私のところにやってきた人達は、
いったい、私に何度、同じことを聞かれたら、
この質問に、ちゃんと答えられるのですか?
また、本人は答えているつもりで、少し質問し返したら、
答えになっていないような返答ばかりを言っていました。
私はこういう人達を、
「行き先も言わないで、タクシー止める人」と呼びます。
タクシーが、バスや電車や飛行機と違うのは、
公共機関は、決められたコースで決められた場所に行きます。
それに乗る人は、自分で目的地を決めていて、
それで、その目的果たすとされている乗り物を選択していますので、
問題はありません。
私の場合には、お客様の行きたいところを尊重しています。
ゆえに、自由性が高いのですが、
その自由性がありながら、
「行きたいところが、よくわかりませんので、適当に運転してください」
これは、運転手としては、困ります。
それで客から、料金だけぼったくれるのなら、いいですが、
そこまで暇ではありませんし、そういうことは私の主義に反します。
きちんと、明確に定義された目的地、を言えるお客様のために、
私はやっているのですから。
******************
今回のような、こうした話は、
あなたの中の、AC人格が、大好きな話であろうと思う。
何かの目的に、
何かの大義名分や、大げささがないと、やる気も起きない、
そういう、ひねくれたAC人格には、面白がれる話であろう。
また、たったの三歩、歩いたら、
どこかの宗教や体系や、宇宙話の信者になってしまうような、
「中途半端な、現実主義者」にとっては、ただの電波話として
一笑しておしまいであろう。
しかし、この世界の、少なくとも「現実感覚」というものは、
唯物性と、形而上性の「合成」であることを忘れてはなりません。
■また、人々は、「死んだ時の事は、実際に死んでから経験すればいい」
と、誰から教えられた嘘とも知らずに、口だけで言う者たち。
だが、
「死んでからでは手遅れ なのが 死というもの」であるものだ。
■無明庵というところは、その最初のスタート地点から、
人間の高次領域の問題を扱っていますので、
ただのトラウマ掘りや、AC人格解除で終わるとは思わないでください。
そうしたことなら、世間にあるカウンセラーのところに駆け込めば
駆け込んだところが運がよく誠実な所であれば、
お金さえ出せば、なんとかしてくれますから。
また、どこかで、自分を褒めてほしければ、
そういうところに、ころがり込めばいいのです。
また、批判だけして、いじけたネット中毒をしていたいならば、
生活の足元に火がつくまで、やってればいいのです。
しかし、ここは最初から最後まで、普通ではないことをやります。
普通のことをしていて、
普通が超えられるわけがないのですから。
******************
以下にガイドラインをもう一度掲載しますので、
ご自分が、どこの地点で、つまづいているのか、
どの部分はなんとかなったと思えるかの自己確認に使ってください。
手順の順番の掲載方法は今までと逆に最初に初歩からになります。
↓
___________________
1/ *自我復元の作業*
注意点
呼びかけを、入寝時に
回収を、起床時に行う
クーラーボックスのイメージを使う
胸で整形して脳に送る
___________________
2/不快年表を作成して記憶を掘る
___________________
3/トラウマ掘り
___________________
4/幼児期の感情の再生
___________________
5/親の親の子供時代の調査分析
___________________
6/自分のAC人格の分析(AC人格列伝の作成)
___________________
7/AC人格の実際の解除の努力
__________________
8/原主体を把握する
__________________
9/今回の生の契約内容の確認
__________________
10/死後のミッションに慣れる
__________________
11/死後のミッションによる移転先候補の閲覧
__________________
12/次生の契約の締結
__________________
***************************
________________________________
★
.
<<-- これ以前の投稿 10件
(423 番)
これ以後の投稿 10件 -->>
桜の間 の最新投稿
全館目次
C mumyouan 当サイトのコンテンツの無断転載は著作権法により禁じられております。
- BlackVoid BBS CGI 2006.08.30 -