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★分割自我復元★その406■ 「 読みにくい文章を書くのはAC人格
by:
鈴木崩残
2014/11/23(Sun)05:57:23
読みにくい文章を書くAC人格
■まず最初に述べておきますが、以下に掲げる人たちについては、
ある時から、文章が、少しずつ改善されてきています。
その方向へと向かっているという前提で書きますので、
過去のその人たちの文章については、過去のこととして認識して、
名指しされた人は、凹む必要はありません。
■前回の投稿で「コミュニケーション障害」のことを書き、
またその主原因は、その親との関係でそれが築けなかったことにある
という話をしました。
そもそも、メールでも、まとまった文章でも、対話でも、ブログでも、
相手にわかりやすく書くこと、
なおかつ、本人一人が勝手に分かりやすいはずだ、と思っているのではなく、
実際に相手に分かりやすい文を書く、
この事自体が、コミュニケーションの標準的な能力です。
もしもそうした事を、繰り返し他者や社会の中で経験してくれば、
その人は、コミュニケーション能力を培ってきたことが出来たと言えます。
たとえば、仕事で言えば、プレゼンが上手いか下手かという点にもありますが、
プレゼンの場合には、利害関係がありますので、正確なたとえではありません。
が、それでも、他者に伝えるという、プレゼン能力がある人は、
ある程度は、コミュニケーション障害を克服できたのかもしれません。
*********
■さて、数日前に、黒丸さんと、端さんのブログを削除して戴きました。
両者に共通することは、まさにコミュニケーション能力の欠如でした。
これはずっと以前にも書きましたので、特に今言っても
黒丸さん自身、自覚がどこまであるかわかりませんが、
復元ブログの中で、もっとも分かりにくい文章を書くのが黒丸さんでした。
当初からかなり私も頭を痛めていたのですが、トラウマ掘りをしたあたりから、
ようやく他者が理解できる文章になりました。
が、しかし全体としての総体を見ると、あまりにも分かりにくい、
という点と、
もうひとつは、当時ブログを書いていたときと現在には、
全自我後に掘っているトラウマAC人格の進展がそれなりにあり、
既に差異が生じているので、削除が妥当と私は判断し打診しました。
いずれ、次回、新規にブログを書くときには、
かなり違った文章になっていることを期待しています。
■一方の端さんの文は、これまたコミュニケーション障害を引き起こしてして、
それは当初からそうでしたが、文章が分かりにくいか、
というと、一見すると分かりやすそうなのですが、実は分かりにくい。
その主原因は、説明が足りなさ過ぎる、ということです。
相手がもしもいたら、前提としての説明がないままに
主観的にものを言うわけですから、
これでは、対人でも異性関係でも、かなり適当で、血の通わないものとなり、
本人だけがどうにか出来ているつもりで、周囲はドン引き状態と推測します。
復元後ブログも、非常に生気のないものでしたが、
おそらくは、本人が本人自身とすらコミュニケーションが取れていない、
ということと見ています。
■では、何が本人と本人の中でコミュニケーションが取れていないのか
という点を見ると、それは、ひとつ前の投稿で書いたように、
やはり「感情」なのです。
本人が本人の感情を把握していない、または一体になっていないことです。
この主原因は、ほとんどの場合に、トラウマの掘り損ねにあります。
■黒丸さんと、端さんの場合には、もうひとつ共通する部分があります。
それは、私が「ブログを削除したほうがいいと思う」とメールしたときに、
端さんはすぐさま、黒丸さんも、数日後に、削除したのですが、
そのときに、どうして、次のような対応を出来ないのかです。
「私としては残したいです」
「確かに無価値な部分がありますが、あそこは残したいです」
「編集しなおして、残してはどうでしょうか」
「どのあたりが、削除したほうがいいですか」
と、こうした、相談というものを私との間でしないことです。
大切に扱ってきたブログなのであれば、
私に何かを言われても、部分的には大切な部分もあったことと思います。
しかし、それをあっさり、やりとりもなく、削除するというのは、
それぐらいにしか、復元ブログへの思い入れがなかった、とも見なせます。
あるいは、思い入れがあっても、それを他者に説明できないという
コミュニケーション障害です。
これを繰り返していると、脳内で他者に対する「怨み言」を
延々と累積させる結果となり、毒親と同じになってしまいます。
円滑な「質疑応答」というのは、最も基本的なコミュニケーションですが、
これを家庭内、学校、職場でやってこなかったのは、
全てAC人格によるものです。
*********
■さて、繰り返しますが、
子供が、自分の感情を抑圧してしまう環境、そして我慢する、体裁を作る、
いわゆるこれがAC人格の基本ですが、これは、
対外的なコミュニケーション能力に支障をきたす以前に、
まず本人の中が分裂します。
その結果、それは、他者に意図や説明が伝わらない文を必ず書きます。
私が、これまでの人生の中で見てきた、膨大な数の手紙の文、
電子媒体になってからはメール、
その中で、常に、間違いがなかったのは、
「程度問題」もありますが、
読みにくい文章、理解にしくい文を書く人は、
重度のAC人格であることが多く、
しかも、本人は、全くそうは自覚できないままに、
読み手の他者が頭が悪いと思い込んでいるような始末であることがほとんどです。
そうではなく、本当のところでは頭が悪く、
性格や人格が歪んでいるのは、その者自身なのですが。
*********
■その点で、逆に、最初はとても読みにくかった、しかし、
それがトラウマを掘るにしたがって、変わってきた、
そういう一群の人たちがいます。
主に、ここでは、数人の名前を書きますが、
まず、数日前に報告を下さった、女性のKさん。
ブログでは、無干さんと、どんがめさん、
●名前は初登場となりますが、Kさんの報告は少しですが、
桜の間の過去ログにもあります。
それで、このKさんの父親というのが、今回の報告から察するに、
お姫ちゃんの父親、朱いはがねさんの父親、マディアさんの父親、
にも劣らないほどの、かなりの、しかも他の毒父親と相当に似た
毒親であったことが分かりました。
それが及ぼす害悪の傾向が全部似ているのです。
また、品の無い点でも似ていますし、母親を虐げる点でも似ています。
同じ病理なので行動が似るのだと思います。
■それで、このKさんの文章というのが、
報告中の説明のそれぞれのパーツ、部分としてみれば理解できない文ではなかったのですが
総体としてみると、とても読みにくい文でした。
真意が伝わってきませんし、それは本人自身がトラウマを掘れていないので、
自分で真意が分かっていないということでもありました。
が、今回の報告でそこに変化が見られました。
詳しいことは、個別にメールします。
*********
どんがめさん、
この方の文も、分かりにくい。
散文的で、短めであることも多く、最も分かりにくいのは、
主語でした。誰が言ったことなのかが不明確であったりしました。
が、本人も実生活で相手の名前を言うようにしてから
若干そこは改善されてきたかもしれません。
そしてやはり、生気が非常に薄いブログでしたが、
むろんそれは、毒親からの被害によって萎縮していることが原因でした。
さすがに私も、見るに見かねて、メールで少し強く言ったのですが、
まだ危機感には麻痺ぎみのようです。
しかし、今回のブログでは、少しだけ方向が変化しています。
*********
それで、今回特筆したかったのは、無干さんのブログです。
*********
■トラウマ掘りが、かなり難航している事は分かっていましたし、
ブログとして、どうなのだろうと、私も見守っていました。
しかし、空回りし続けているにも関わらず、
その姿勢の必死さは伝わってきました。
だから、何とかなるかもしれない、と私は見守っていました。
必死さのないブログというのが、これまでに消えたブログだと思えば、
ほぼ間違いありません。
文章というのは、上手いとか下手ではなく、
つたない言葉でも伝わるものを持っている人は、
コミュニケーション障害ではなく、
いくら理屈や、言葉をれこれ並べても、分かりにくい文章を書く人は、問題です。
■それで、無干さんのブログを見ると分かると思いますし、
実は、他のブログまたは、メールでの報告の人たちもそうなのですし、
Kさんの今回の報告もそうだったのですが、
「同じところを何度か掘る、何度も掘る。
もう掘ったと思ったところを、もう一度掘る」
これをやってきた人たちが、大抵の場合に、岩盤に行き着いています。
■「はい、トラウマ掘りましたが、何点ですか?」
という私がいつも揶揄する「私は、お勉強しました人格」ではなくて、
必死さ、生活での問題意識があれば、必ずその人たちは、
「はい、掘りましたけど」では済まないはずなのです。
だから、何度も同じところを掘ります。
■無干さんの場合には、自分がどういう異性を選択してきたか、
その当たり前の欲望の底にあるものを、何度も咀嚼して、
重箱の隅をつつくうちに、そこに親子、世代間のトラウマやAC人格の本質が、
ようやく見えてきたように思えます。
そして、無干さんのブログも、私の目から見ると、
ほんの数回前のブログから、「読みやすい文」に変わっているのです。
当初から、ドラマ仕立てにする部分はあったので、分かりにくい文
ではなかったのですが、あくまでもAC人格が書いていた文なので、
本心のところが後ろに隠れたままなので、どこかいびつなものでした。
それがここのところ変わってきていました。
このように、公開されているブログでも、
公開されていない、メールでの報告でも、
冒頭に書いたように、最初にその変化の兆候が出るのは、文章です。
*********
そこで、Abyさん、朱いはがねさんのブログからは引用をしたことが
何度かありますが、
無干さんのブログから、みなさんも他人事ではない、という部分を
拾い上げて掲載しておきました。
男女で、AC人格の現れ方には差はありますが、共通する部分も多くあります。
私のは、ピックアップの形なので断片的になってしまいますので、
必ず、原文をお読みください。
*********
私の知っているひな形には、『邪魔される』という要素は不可欠になってしまっている。
・・・・・・・
私は、自分が出くわした、自分の居場所に割り込んでくるその子に惚れる、尽くす癖がある。
好きになってあげる、受け入れる、献げる癖がある。
・・・・・・・
いつ奪われてもいいような『好きでもない相手』、心が動かされない相手ばかり物色する。
だから、いつも満たされない。
隣のいい女ばかりに目が行く。
いつ奪われてもいいような『好きでもない相手』、心が動かされない相手ばかり物色する。
それでいいんだと、自分を納得させようと言い聞かせている。
・・・・・・・
私の恋愛モドキはその繰り返しだった。
全部嘘だった。
二十台の頃、デパートでナンパしたあの女性も嘘だった。これくらいが妥当だと品定めした。
理想から離れているから安心した。
・・・・・・・
中学時代の片思いの相手も嘘だった、
進級してクラスが変わるごとに、自分の中の祭壇にマドンナを据えた。
でもそれは嘘だった。
一番仲良くなりたかったのは、自分の中で一番輝いていたのはCさんだった。
だからCさんは却下した。
自分にとってあまり影響のない他の代役をたてようとした。
いつ失ってもいいように。
私は根っからの家畜根性に調教されてしまっている。
本音で自分が美味しい、好きと思うものには、理想だからこそ、尻込みして近づけない。
そのようになっている。
・・・・・・・
私は、好きでもない相手を無理矢理好きになるように、強引に自分の気持ちを抑圧している。
その反動が腰の股関節のビクビク痙攣なのだと思う。
・・・・・・・
これは、ミノルに対する強烈な嫌悪感・不快感を麻痺させ、
『受け入れ』『仲良くしようとし』、強引にミノルを慕おうとした、
その反動から起こった『身体の拒絶反応』であった。
意識の枠組が崩壊したニセ神秘体験もミノルに対する嫌悪感・不快感の抑圧のせいで発症した。
他には思い当たる節がない、それで間違いないと思う。
過食症も、原因は同じであろうと思う。
嫌悪感・不快感の元凶のそばに居続けて
『受け入れ』『仲良く』しようとした反動で生じた意識崩壊。
ミノルとは『私を邪魔するもの、私の表現を、居場所を奪う者』という記号である。
その記号は妻に取って代わった。
元はと言えば、
ミノル=『私を邪魔するもの、私の表現を、居場所を奪う者』という邪悪な存在を放置した、
否煽動した「母」が一番の犯罪者である。
・・・・・・・
父のやたらと危機感を煽るしゃべり方。
あれはこっちの心を揺さぶろうとしているのだ。
意図的にやっているのだ。
『お前の力になりたい』アピールを全開でたたみかけてくる。
・・・・・・・
電話口で父が、「ワシだけがお前の味方」みたいな口のきき方をして、
大袈裟にこちらの危機感を煽るような口ぶりで
いかにも非常事態だといった口ぶりで揺さぶりをかけてくる、
こちらの意識に寄り添おうとする、しがみついてくる。
「どうしたんかっ?」
「ボク、なんかあったんかっ?」
必要以上に、いかにもお前に共感してます、
お前のことを第一に考えています、というジェスチャー。
嘘つけっ
それがほんとうなら、こんな事態にはならなかった。
ただ、自分の土俵にこっちを引きずりこみたいだけ。
そのためのジェスチャー。
むしろ、こっちの感情の動揺が大きければ大きいほど、嬉しがっているのが窺える。
そうすれば、
「ワシの出番じゃっ」になるからだ。
・・・・・・・
奴は私の主体を奪いたいのだ。
主体を奪って、勝手に答えを出す、それを押しつけてくる。
奴の正義、奴の正答。
「そりゃあのお、こうこうこう・・・なほいや。ありゃっ、
ボクそんなこともわからんのか、そんなことも知らんのか、」
知ったかぶり。
奴は、いつも正答を持っている。
私の人生なのに、勝手に私の人生の正答を奴の中で既に出していて、
それと比べていて、私にダメ出しする。
・・・・・・・
そして、父の醜さが、悲しいことに、それがそのまま私の醜さで、
今述べた父の手口そのままが、今の私の他人様への干渉のしかただ。
私には、他人様に対してそういう独善的な接し方しかできない。
一見相手の立場を尊重するフリをするが、
それは後々に自分が相手に正答を押しつけるための、一時的な引き取り、
譲歩、受け取ったフリ、
それはあくまでも相手の本音を聞き出すための誘い水でしかない。
だから、自分の考えを持っている人は、
不快そうに顔をしかめてそそくさと逃げていく。
他人の人生のご意見番。指南役を気取って勝手に決めた正しさを
相手に押しつける。
「ボクはあなたの味方です、自分の全てを投げうってあなたの力になりたい」
そのきつい口臭をぷんぷんさせて相手に近寄る。
相手の迷惑がる反応を様々な戦術で気を散らせながら誤魔化しながら、
相手の懐に入り込もうとする。
しかも、それが善いことだと確信してやっている。だから始末が悪い。
「あなたのためを思って」
・・・・・・・
こいつは自分自身の歪んだコンプレックス、
世間に対する復讐したいというコンプレックスのために、
ただそれだけのために子供を使った。
自己顕示欲を満たすために、私の人生を利用したのだ。
・・・・・・・
私は、自分に危害が加えられても怒らない。ヘラヘラしているだけ。
私はなんなんだ。
この存在に意味はあるのか?
自分で自分を消し去りたい衝動にかられる。
ミノルに居場所を奪われても、黙ったまんま。
母が悪い。
母のせいだ。
おかげで私はこんなふぬけになってしまった。
自分に危害が加えられても、ヘラヘラする、
個として自我として最低の醜い状態に陥ってしまった。
母のせいだ。
でも、そんなこと言ったところで、原因がわかったところで、
『私の戦闘能力のなさ』のなんの解決にもならない。
私は根本的に狂っている。
まったく役立たずだ。
自分という存在は無意味だ。
どうすればいい?
この自分の醜い色を変えられるのか?
どうすれば変えられる?
・・・・・・・
アドバイスしてあげたくなる女性、助けてあげたくなる女性
自分が関わって彼女を何とかしてあげたい、幸せにしてあげたいと思う女性、
田所さん、
それって、彼女たちの今そのままの状態では、私が不快だから、
未完成、未熟、不良品、ポンコツだと、私がみなしているから、
私が彼女のことを汚物扱いしているから、嫌悪しているから、
そのありのままでは軽蔑の対象とみなしているから、
そして、それを私にとって快適な状態に修正、矯正しようとする、ということ。
だから、やがて、彼女の現状をみるにつけ、
何の変化もない言動・態度の現状をみるにつけ、私は腹が立ってくる。
「なんだい、せっかく関わってやったのに、何も変わらないじゃないかっ!」
彼女に対する不満が爆発する。
「おまえ、品がないなー、醜いなー」
やることなすことに嫌悪感を催す。
彼女のやることなすことを全否定し始める。
否、彼女は変わっていない、
以前と同じ言動、以前と同じ振る舞いをしているだけ。
変わって欲しいと期待していた私の心的態度が変わっただけ、痺れを切らしただけ。
変わると思っていたのに、
そうすれば私にとって都合のいい、私に快をもたらす存在になるはずだったのに、
その当てが外れたから、思い通りにならなかったから、
癇癪を起こしているだけ。
最初から、彼女は、『私にとって』評価の低い、醜い存在だったのだ。
そして相も変わらず彼女に変化はなく、
『私にとって』ずっと醜いままだ。
彼女は悪くない。
私は彼女に初めて出会ったときから、彼女に烙印を押していた。
蔑んでいた。
「こいつは汚物だ。醜い、中途半端だ。」
「だが磨けば光る」
「磨かないと、汚物のままだ」
自分の中のその妄想は、彼女に対する期待感という妄想は、
やがて膨らんで成長するに決まっているじゃないか。
だから、『何とかしてあげたくなる女性』とは、関わってはならないのだ。
『彼女のことを何とかしてあげたい』
とは、つまり、
現状のままでは、彼女は汚物だ、カタワだ
と自分が彼女のことをそうみなしているのと一緒だから。
妻はカタワだ、だから私が関わって何とかしてあげたかった。
でも、相変わらず妻はカタワだ。当たり前の話だった。
以前言い寄った女性、迷惑がられた。
私は無意識のうちに彼女をカタワ扱いしていた。
だから、私が関わって何とかしてあげたかった。
そして、彼女に「大きなお世話」と言われた。拒絶された。
・・・・・・・
つまり、私は、『自分にとって』汚物とみなせるような存在を
わざわざ選り好みして、物色している、漁っているのだ。
だから、いつも欲求不満。いつも他の誰かを探している。
移り気、すぐ目移りする。
デートしていても他の女性を物色しだす。
今隣りにいる、自分の彼女にダメ出しする。
物色している未来の候補も、またまた自分にとって
『現状不快で手を入れれば理想の美人になりそうな存在』。
だから、つぎからつぎへと、同じことの繰り返し。
最初から自分がダメ出ししている相手を選ぼうとしているのだから、当たり前なのだ。
期待感の妄想ばかりが膨らんだままで暴走し続ける私。
「この相手はダメだ、物にならなかった。
自分にとって快をもたらしてくれる存在に化けなかった。
相変わらずカタワのまんま、汚物のまんまだ。がっかり。
次を探そう、次っ」
・・・・・・・
>原文
↓
http://blog.goo.ne.jp/hakodate2012
引用は、ここまで。
この無干さんの毒父親というのが、私から見ると、
お姫ちゃん、マディアさん、朱いはがねさん、Kさん、の父親に
その行動原理が、かなりそっくりなのです。
______________________________
●このように、
他人事のように、斜に構えて、トラウマを掘ったフリをしたり、
学校のテストか、何かのゲームと勘違いしてAC人格をレポートする、
それらは全部AC人格のやっている自我復元ごっこにすぎません。
(だから、ずいぶん昔、かつて、竹の間で禅問答とかクイズを出すと、
すぐに飛びついてくるような人たちがいましたが、
結局は、AC人格の挙動だったので、ほぼ全員が、消えてくれました。)
そて、AC人格を撲滅するには、そのパターンを変えるには、
いきなり、幼少期を掘って、これまたテストと勘違いした
トラウマ掘りに合格しようとする、のではなく、
無干さんのように、今の自分自身の現実の中にずっとある、
もっと分かりやすい「不快年表」からはじめるといいのです。
そこから、幼少期との繋がりが見つかれば、いろいろなことが分かります。
●そうでないと、
メールでやりとりしても、
その人たちが相手にしているのは、私ではないのに、
あいかわらず、その人たちが無意識に相手にしているのは、
その人たちの親との取引なのですから。
だから、トラウマが掘れていない人は、
私という個との、コミュニケーションが成立しないのです。
私から見て、その人たちの背後に見えるのは、
常にその人が親の顔色を見ているということ。
●しかし、その中から、
本当に自分の本心に向き合う人たちが、増えてきたのは確かなこと。
なんとかして、まだ汚されていなかった原主体を取り戻そうと必死な人たちがいる。
いくつかの復元ブログを見ていて分かると思いますが、
まず取り戻し始めるのは、感情です。
●そして、むろん、変化の「度合い」は、いろいろありますが、
そういう時、必ず、文章が変わります。
第三者にとって、読みやすくなります。
それは、コミュニケーション障害が修理されてきたということです。
言い換えると、誰か他人とではなく、他ならぬ、
自分自身の感情とのコミュニケーションが取れてきたということです。
*********
●最近、ご注文を頂いた、禅書。
苦戦をしましたが、なんとか納得出来る仕上がりになりました。
*********
■カラーも取れて、すっかり元気に戻った博士君です。
治癒後は、以前よりも、元気になっています。
______________________________
★
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