▲
控えの間
-
全館目次
- 松の間
■
BBS
- 竹の間
■
BBS
- 梅の間
■
BBS
- 桜の間
■
BBS
■
松竹梅の間:ログ表示
松の間
竹の間
梅の間
桜の間
★ 番号指定:
1ページの表示件数:
件
☆ 検索語 :
検索表示 新着から
古い方から
タイトルだけ表示
タイトルと5行
全部
「性と死のホームページ」 http://www.mumyouan.com/
.
より詳しい使い方の説明(9月11日変更)
■桜の間へようこそ■
掲示板
Title
「分割自我復元」
のサポート情報や最新報告を記載しています。
★「自我判定」や「禅書」の申し込み方法はこちらです★
【
ご依頼・ご注文の方法
】
ブラウザーの設定などの理由で最新情報が表示されない場合があります。更新ボタンやF5キーを利用してみて下さい。
[614]
■
★分割自我復元★その614【思惟の粒−1】
by:
鈴木崩残
2016/06/20(Mon)07:17:07
思惟の粒
ひさしぶりに、最近考えていたこと、独り言をメモしておきます。
*********
高校生のころから、私の関心事は、
1/自分は自分のことをどう感じているか?
2/他人のことを感じている自分を自分はどう感じているか?
3/なぜ自分が自分に思えるような何かを感じられるのか?
4/そもそも今見ている、今かかわっているこの世界は何なのだ?
いや、これは、本当に、たいした疑問ではない。
噛み砕いていえば、こういうことであるだけで、
人間は、誰であってもこのことに関心のほとんどがあるからである。
ただ口に出して言わないだけのこと。
●もしも自分目の前に、
「これが君が今までに消費した動植物や資源だ」と言われて
ビル何階分もの物質を積み上げられて、そのあげくに、
「君はこの物質の消費に見合うだけの人生を生きて、
この消費に見合うだけの価値あるものを生み出したのか?」
などと不当な質問をされたらば、
まずこの質問者が私とどういう関係にあり、
私の回答によって、私に危害を加えたり、利益を与えたりするのか
それとも単なる生命を外から傍観している者なのか、
または立場が同じ、同類の生物なのか、
にもよるが、とりあえずは、
「食った他の生物や、使った物質の消費に見合うだけの生を
生きていないとしたら、それは製造者の責任であって、
造られた側の生き物の責任ではない」
と言っておくのが無難であろう。
さらにいえば、牛が食んだ牧草と牛が死ぬときに残すものや、
鯨が飲み込んだ魚の量と鯨が死んだときに残すもの、
これらに、消費に見合うだけの生の価値があるのかどうか、
他の食物連鎖をいくつか想像してみるのも悪くはないかもしれない。
惑星の表面が極度な高熱その他の環境にならないかぎりは、
長期的に見ると自然に還元できない物質を人類が作り出している
ということは否めないが、
さりとて人間以外の生物が、
その生涯での捕食量に見合う生を生きているかは、また別問題であり、
そもそも誰がそんなことを、評価や採点をしなければならないのだろう?
ところで、寿命の長い生物のベスト10というのがあった。
別に意味はないですが、
各生物の寿命って、誰が何によって決めたのかが不思議なので、
リンクしておきました。
↓
http://matome.naver.jp/odai/2138957867488956801?&page=1
●ところで、私も含めて、人間は、不満な時に限って、
自分の人生や、世界や宇宙に対して、何の意味があるのかを問い始める。
たとえば、人間が今の自分の人間としての記憶を持ったままで、
食用にされる家畜の体の中に入り込んだらば、
その自分の一生とその末路のあまりの無意味さに耐え切れなくなり、
「これはバーチャルな体験の中での何かとの戦いなのだ」
「これは監獄そのものだ、どうやってここから出るか」
「これはきっと私に対する何かの罰だ」
「これは学ぶべき何かなのだ」
「自分はこうやって、神への供物となる運命なのだろう」
などなど、誰も頼んでもいないのに、
ありとあらゆる「人生と世界の意味」の捏造を始めることだろう。
つまり、人生や生の意味とか意義とか目的は何だ?
といった疑問を最も効率よく、
その体験者である生物の脳に発生する最も簡単な方法は、その生物を、
その生物にとっての「不愉快な目にあわせること」ともいえる。
実際、仮に、どのような危険な状況にいたとしても、
不愉快ではない場合には、意味や目的を問うことはほとんどない。
一方で、どのような安全圏にいようとも、ただ存在しているだけで
違和感を感じるように設計すれば、その生物は、常にではないが、
「定期的に」不幸や不具合、不愉快さを感じては、
そのたびに人生や世界とは何か、という疑問を発生することになる。
しかも、それは、きわめて自動的に。
●ところで、生きている人に、生きて何をしているのか?
を問いかけた場合に、
1/「幸せを探している」と答える人は、情緒的かもしれない。
2/「生きている意味の答えを探している」と答える人は、哲学的かもしれない。
3/「美と、快を探している」と答える人は、文学的なのかもしれない。
4/「なんとなく生まれたので、なんとなく生きている」と答える人は、
それもまた正直で誠実な人かもしれない。
どれも、よしあしの問題ではない。
なぜならば、幸福になる感覚を「好んだり」、
また、生活の中で何かに対して「なぜ?」と問うことは、
10歳未満の「子供」でもすることであるが、
しかし、その子供がもう少し大人になって、人生の意味や美を探す
その前に死亡してしまったとしたら、
その子供の生には、全く意味がないのだろうか?
つまり、意味を問うたり、何かを探すことをはじめて、それ以後から、
そこで、はじめて、人は人でありえるのか?
これはあきらかに違うように思える。
●そこで、別の視点から、私は、
「知的生物とは何か?」という定義を試みにしてみた。
知的生物とそうでない生物の区別とは、
生存確率が高くなるように作られた生物は、それがいかに高度かつ迅速に
自動的な処理能力をもち、生存するのに有利となるような判断力を持つ、
それこそ高度な人口知能を有するものであっても、
それは、非常に高度な「昆虫」または、
よく出来たターミネーターのようなものかもしれない。
●一方で、その生物の生存能力、生存確率には関係なく、
生物の一部が、
「自分の人生には、意味があるのかないのか?
いや、必ず何かの意味や目的があるはずだ」、と思おうとしたり、
または、自分の生に、意味があってもなくても、どちらにしても、
「自分の生に、(それが自分に不快でも)はっきりとした説明が欲しい、
とにかく、何かの答えに納得したい、
または自分が納得できる答えしか、自分は興味がない」
などなど、こうした葛藤をはじめる場合には、
それを知的生物と呼んでも差し支えないと私個人は考えている。
つまり、単に、次々と問題をスマートに解決する能力のある生物は
高度ではあるが「知性がある」とは呼ばないことにしてみた。
自らという個に感じられる感覚の枠の中で、
知覚をしている物事(つまり人生とか世界と呼ぶもの)に対して、
いちいち、細かいこと、あるいは抽象的なことで思考が混線し、
トラブルを生み出すことこそが、知性の証かもしれない、
といった仮説を立ててみた。
もっとも、トラブルこそ知性の証だからといっても、
現在の地球人が知的だとは言えないのだけど。
●勉強不足で情報不足の私の単なる私見であるが、
今のところ、世界、宇宙、万物、存在、自己とは、といったことに対しては、
あまり「出来のいい仮説」があるとは思えません。
現在、ある得るとしたら、
「深く考えなさえしなければ、少し長持ちしそうな仮説」であり、
一般的にそれは「信念体系」と呼ばれている。
長持ちしそう、とは、つまり、生命や万物に対して、
100%救いようのない、絶望的な認識になる時が来るまでの、
「その場しのぎの関心事」として「まだ使える」ということである。
●それにしても、
もしもどこかの誰かが、生物の設計をしたとしたらば、
ひとつは、相対的に、生存能力がより高い生物を作ろうとする、
そうした、作り手の抱いている勝手な動機がある一方では、
生存能力とは関係なく、誰かが食べるための食用生物を作ろうとする
そうした、作り手の抱いている勝手な動機もある。
●たとえば私たちが農作物を作る場合には、
その農作物を、「より生存能力が高い」ように作るわけではない。
その農作物を人間が生産して食べることに邪魔になる外敵に対しては
その植物を強くしようとするのみである。
一方でその植物の天命を全うさせるかというとそうではなく、
人間が勝手に「食べごろだ」と称する時期に、その作物は刈り取られる。
●つまり誰かほかの生物の食用として「養殖」や「培養」、「管理生産」を
される場合には、かならずしも、その生物の生存能力の向上を促進するような
操作がされるのではないということである。
人間が食べやすいようにと、人間の「おめあて」となる肉の部位や、
植物の部位の一部を、表皮や果実などを強くするのではなくて、
人間にとって噛みやすいように、弱くさえ育てるのだから。
●いままでに、このサイトや、書籍で展開してきた、いろいろな認識を、
今、私は、自分の中の、既存で機知な認識を、
いったん、振り出しに戻そうとしている。
世界とか、自分とかに対する認識を、振り出しに戻すとは、
捨てるとか、壊すという意味ではなく、
ここで、いったん、倉庫や書庫に、しまってしまうということ。
*********
ところで、禁煙から4ヶ月に入り、 禁煙鬱がMAXで、
脳がほぼ機能不全なので、この程度の馬鹿話、しか書けませんでした。
そこで、やはり、正直いって、今一番の私の関心事は「禁煙鬱脳」なので、
「そうそう、これだよこれ」という、典型的な禁煙による症状を
引用しておきます。関係ない人には全く無縁。経験者はすぐわかる。
これから経験してしまいそうな人は、要注意です。
「禁煙鬱による脳の状態」
以下、いろいろなサイトより引用。
禁煙開始から「1か月頃」から鬱の自覚が始まりました。
禁煙鬱という状態について知識はありましたが、実際に気分の低空飛行や、
些細なプレッシャーが何百倍、何千倍ものしかかり、
自分こんなに小心者だった?と笑えるほどちょっとしたことで冷や汗びっしょり、
心臓バクバク血の気が引いて、なんだこりゃ!!ってな状態に陥るのです。
******
禁煙一月で症状がでました。
現在は「一年ちょい」ですが、まだ胸の締め付け感とか、朝方の動悸とかあります。
なかなか頭のホルモン?回復しませんが、もう、いまさら吸えません(笑)
******
私も禁煙鬱(?)だったと思います。もう5年も前の事ですが、
禁煙による禁断症状が半端なく、夜も眠れず、仕事も手に着かず、
「血圧は上がる」は、胃潰瘍にはなるは、鬱状態にはなるはで、
しまいには禁煙を勧めた主治医にも「禁煙やめたら?」とまで言われ、
家族にも煙草を吸うことを勧められました。
******
「200日達成する少し前」から、あ、鬱がくる、と感じていました。
無理矢理にでも身体を起こし、ひたすらジョギングしました。
効果ありました。しかし、時間がたつとまたブルーが襲います。
******
「4ケ月目」。3ケ月の辛抱かと思いきや、まだ禁煙うつ継続中です。
テレビを観る元気もなく、今日セントジョーンズワートを取り寄せました。
効くといいのですが、辛くていのちの電話に5件かけました。
クリニックに行っても仕事始めたからだと流されてしまい、しんどいですね。
私は1年続くかもしれません、と覚悟します(。´Д⊂)
******
最中です。5ヶ月から現在の「7ヶ月」・強い不安感 食欲不振。
ただ今は、過ぎるのを待ってます
治るのを信じて「禁煙うつ」発症して「半年」。
まだ胸を締め付けられる感覚があります。いったい何時治るのか。
http://www.kinennomori.com/nikki_kobetukiji_3_mujo.html
ニコチンパッチを外してから1週間くらいは猛烈に眠くて
ダルくてほとんど寝たきり状態でした。
******
[禁煙鬱で苦しむ]
寝落ちするほどの睡魔が無くなってくるのと入れ替わりに禁煙鬱になりました。
禁煙「1ヶ月後」くらいから、
無気力、不安感、焦燥感、絶望感でとにかく憂鬱。
仕事中に40代の男がトイレに入って泣いたりしていました。
******
私の場合、禁煙鬱は「1ヶ月過ぎ」(30日目くらい)から始まり、
ピークは2ヶ月目くらい(60日目くらい)でしたが、
その後も寄せては返す波のように、数日おきに苦楽を繰り返しながら、
薄皮が剥けるように良くなって来ました。
当時より何倍も良くなりましたが、それでもまだ、
「90日現在」禁煙ブルーを引きずっています。
http://www.kinennomori.com/nikki_all.php?profile_id=c2h5oh&page=5
******
http://www.beeast69.com/column/wajima/25429
禁煙後一ヶ月ほどしてのことだ。
思わぬ伏兵(というよりも本命)がやって来た。
目が覚めても、布団から起き上がれない。何にもしたくない。
やることがあった気もするが、さっぱりやる気が出ない。
誰にも会いたくないし、誰の顔も見たくない。
自分の人生にはこれから先、ちっともいいことがない気がする。
いや、今までだってそんなにいいことはなかったじゃないか──。
まったくの憂鬱である。生きる意欲が湧いて来ない。
圧倒的な虚無感に起きてるだけでも辛くって、ひたすら寝てしまう。
そうして、寝ても寝ても眠い。
かと思うと得体の知れない不安にジリジリとさいなまれ、
今度はさっぱり眠れない。連日、部屋に引きこもる。
◎禁煙して困ったこと
・暴力的な眠気に襲われる。
・集中力が出ない。ダルい。
・太る。
・厭世感、焦燥感、憂鬱な気持ちにさいなまれる。
(これらが丸三ヶ月ほど続く)
・鼻が敏感になったのか、花粉症になった。
・歯磨き時、歯ぐきからの出血が増えた。
・煙草を吸う者同士の連帯感といったものが薄れる。
・慢性的な憂鬱、喪失感。
******
再喫煙で元気になったケース
http://nikkan-spa.jp/1053146
僕、タバコだけは止めらないんです。
禁煙していたときに書いた詞が、なんだか毒がなかった。
これはなんてつまらない曲なんだと全部書き直そうと思ったとき、
「なんか、もう吸ってやるか」ってタバコをくわえて書いたら、
急に別人のような詞が出来上がったわけ(笑)。あれにはびっくりしましたね!
■ある老人の「禁煙によるボケ」と「喫煙による回復」のケース
1
http://s236174.ppp.asahi-net.or.jp/nikki_kobetukiji_23_minoyan.html
2
http://s236174.ppp.asahi-net.or.jp/nikki_kobetukiji_26_minoyan.html
この人のプロフィール
↓
http://www.kinennomori.com/profile_minoyan.html
■それで私が悩み、考えたのは、
禁煙鬱の脳は、確かに半年とか1年をかければ、ゆっくりと、
行きつ戻りつつ回復するのだろう。
しかしこの最後の2件の事例からわかることは、
禁煙鬱から開放されるだけでは、創作性とか勢いは、とうてい、
禁煙前の喫煙時のそれには戻らないということでしょう。
なので、ゆっくりと禁煙鬱脳の回復を見守るのではなく、
喫煙時ぐらいまでのテンションを、必要なときにだけニコチンパッチで
補助するという生き方も視野に入れ始めたのである。
___
★
.
返信 [614]
<<-- これ以前の投稿 10件
(614 番)
これ以後の投稿 10件 -->>
桜の間 の最新投稿
全館目次
C mumyouan 当サイトのコンテンツの無断転載は著作権法により禁じられております。
- BlackVoid BBS CGI 2006.08.30 -