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[461]
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★分割自我復元★その461■AC人格掘りの報告■
by:
鈴木崩残
2015/05/14(Thu)16:56:29
AC人格解除への報告−2
崩残様
こんにちは。
草木の緑が栄える時期になりましたが、いかがお過ごしでしょうか?
私は、前回の報告と同じように「感情」ということを念頭に置いて、
自我復元をしてきまいた。
その中で一番思ったのは「現実」と「空想」ということです。
自分の意識が、今、この瞬間に現実に足がついているのか。
それとも、空想の世界に逃げ込んでるのか。
そういったことに自然と注目が向きました。
これは、自分が予想もしてなかったことでした。
私としては「感情」とは
「冷静な現実的な判断」と相反するものだという固定観念があったからです。
でも実際に自分がやっていくと、
感情というのも、今この瞬間のリアリティの一部であって、
それを否定していた自分は、
AC人感から歪んだ生まれたのものあると思えました。
また、感情を否定する歪んだ思考は、
父母の感情をつかった恐怖政治の私への支配から、
「感情」=「悪」という、固定観念が生まれ、
さらに心理学や、OSHOのような精神世界の、
私の間違った歪んだ理解から強化されたものでした。
感情を否定しないことと、
父母のように感情に振り回されることは、決定的に違うと思う。
報告を送ります。よろしくお願いします。
以下中略
前回の報告の頃、ともかく感情を押し殺さない、感情を出せないまでも、
どのような感情でも自分が感じる、ということに気をつけていました。
そして実際に怒りや笑いを自然と相手にぶつけることもできてきた。
今考えると、怒りを出したら、
父母のように感情で人を言い負かそうとする人間になりそうで、
感情を悪いものと考えてセーブしていた。
でも、実際に今感情を出してみると、感情もあるけど、
今のように、相手との状況を考えて、何をすべきかをむしろ考えられるようになってきた。
もちろん、まだすぐに反射的に反応できないで、
後になって「こうすればよかった」考えるところもあるけど、
でも、昔は、ただ消失感、敗北感が残って、
状況に対応する考えも起きなかった。
2つの疑問がわいてきた。
1つは父母の使っていた感情というのは、本当の意味で感情なんだろうか?
そして、感情って何だろうか?
今思うと、父母は本当に感情を使っていたのだろうか?
本当に彼らが出していた感情は、
本当の彼らが出したかった感情なんだろうか?
むしろ、追い詰められた人間が、
最後の遠吠えをしているだけだったと思う。
感情を振る振り回されていただけ、じゃないか。
上の例の人物もそうだ。
明らかに状況を両者から聞いて対応しようと態度ではなく、
ただ単に、朝から自分の担当分野で問題が起きたことが面倒で、
ギャンギャンいっていたとしか思えない。
中略
人のことを責めるのは簡単だけど、自分はどうなのかと自問自答すると、
自分の場合は、溜まりに溜まった八つ当たりの感情沸騰もできなくて、
ただ心のなかで文句をいったり、
自分が悪くもないのに「すみません」といって取りつくって逃げようとしたりしている。
こうしたウップンは私の中で「空想」に逃げることで、
自分の自己アイデンティティを守るための防御策としてきた。
「空想」のなかでは私は今よりもはるかに自由で、強くて、我を発揮している。
そんな自分を頭のなかで空想して逃げ込んでいた。
以前、報告で「ヒーロー願望」があって、
ハリウッド映画やアニメの主人公みたいものを想像していたと書いたが、
そうして「空想」世界に逃げることしかしなかったのだ。
そして「空想」の世界が外部に投影されるものとして、
本や漫画やテレビやネットに依存しているのだ。
例えば、その作品の主人公に自分をダブらせたり、
社会や自然科学の情報を仕入れては、
自分が他人のより賢いという空想を証明づけようとしているのだ。
本や漫画やテレビやネットに依存してしまう理由は
人それぞれ千差万別だろうが、私の場合はこれだ。
中略
そしてもう一つ。感情とは何か?と自問自答するようになった
はじめのころに思ったのは、本来の意味での感情は、
人とのコミュニケーションのために発達したのものだと思った。
人類はその進化の側面で、社会的な動物だったから、
他の動物よりもお互いのコミュニケーションをより複雑に取れるように進化してきた。
例えば声帯が進化してより複雑な言語を話せるようになったり、
顔の筋肉がより細かく動かせるようになって、
表情でコミュニケーションできるようになったり。
だから、感情というのも本来はコミュニケーションの一貫なんだと思うところもある。
でも、自我復元していく過程で考えが変わってきた。
感情というのはエネルギーの一種だと思っている。
中略
だから、その感情に蓋をすると、やかんに水を一杯に入れた状態で、
沸騰した状態で蓋をしたままだと溢れてしまうように、
感情のエネルギーは歪んだ方向へ漏れてしまうのだと思っている。
まあ、感情とは何かという問いに、
まだうまく自分なりの解答が得られない。
中略
職場でそのように、上司と決着しました。
この事例は、やり終えた後にいつものように、
「あれを言えなかった」「あれを出来なかった」「引いていしまった」
という、感情に蓋をしてやり残したという感覚がなかった事例でした。
しかし、実際の状況では、いろいろな事情でやり残した感覚が、
どうしても残ってしまう事情もありますが、そんな時も、
その時の感情を空想に逃げないで、感じるようにしている。
それは、本当の意味で現実に生きることだと思う。
感情的になることは、冷静になれなくて、
現実的になることの「反対」だと思っていた。
実際は自分は感情を理屈をつけて殺していただけ。
感情を否定しなくなると、むしろ今回のように、
冷静に話すことができるようなったんだと思う。
父母のように、感情をぶつけるのと、感情を否定し蓋をすることとは違う。
中略
総合的に見て、現実につながることに興味の比重が変わっている。
同時に項目の数も減った。
そして現実世界でも、ネットやテレビの時間。
映画、アニメ、ドラマの予約が減っている。
生活をしていて、自分が今、現実の方向へ足を付いているのか、
空想の方向へ足を付いているのか、気づくことが多くなる。
空想。
そうなんだ。今までネットやテレビがあるからそっちに気が向くと思っていた。
実際に自我復元中にテレビやネットが家から追放した時期もあったけど、
その時に何か変わっただろうか?
否!
だからといって、現実に足を付いている時間が多くなることはなかった。
つまり、そうした機器があるから悪いんじゃなくて、
空想に走ることで私は何か特を得ているだ。
私は空想に走ることで何を得ているのか?
いろいろ考えたけど、一番ピンときは「苦」から逃げることだ。
勉強でもいい。
人間関係の改善でもいい。
そうした自分が動くことによって生じる「苦」から逃げているんだ。
そして、「苦」から逃げて行くと、
いつになっても課題が解決しない状態になって、
課題が過ぎ去っていくか、
他力による幸運を待つしかない状態になる。
その惨めな自分を見ることの「苦」からも逃げているんだ。
この感じ、誰かに似ている。
父母だ。
特に父。
何を言っても「わかった」とだけいって、
その場から逃げようとして何もしない。
だから母のアル中も、兄のお金に対するだらしなさも、どんどん悪くなった。
今だって父は、糖尿病や高血圧からくる心臓病もあるが、
食事に対する気遣いをしようとまったくしない。
いや、父の悪口をいうのは簡単だ。
お前はどうだ。杏樹。
自分の目の前の課題を、
ことなかれ主義で過ごしてきたじゃないか?
小さな頃に医者になりたかったが、勉強が出来なく、
また、勉強をする努力もしなくて、
なんとなく行けそうな大学や学部を選んだじゃないか。
今の仕事だって、少しばかり給料がいいから、
特に勉強することもなく選んだじゃないか。
最近やっと、人間関係で自分が本当に言いたいことを、言えるように
がんばっているけど、
数ヶ月前までは、できるだけ事を荒立てることを避けているだけだったじゃないか。
この「苦」をどうしたらいいのだろうか?
立ち向かう?
「苦」を避けずに感じる。
今、怒りだけでなく、
もっと小さな、仔細な感情に気づくようにしている。
「めんどくさい」
「まあ、いいだろう」
「痛い」「重い」「心地いい」「楽しい」。
こうした細かな感情に気づき、蓋をしないで感じることとが、
次の報告への私の課題だと思う。
杏樹
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とても大きな前進のあった報告でした。
崩残
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